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先史時代(カッコ抜き)


人類の出現

 人類と呼ばれる生物は直立2足歩行をし、道具を作成及び使用し、( 1 )や( 2 )を使用して、集団生活を営むなどの特徴がある。原始的な人類は更新世にあらわれ、現在に至っている。なお、現在は更新世の次の、完新世と言われる区分である。

 もっとも初期の人類は( 3 )人と呼ばれ、400万年ほど前に東、南アフリカに出現した。それらはサヴァンナの疎開林で狩猟、採集を行い、単純な( 4 )石器(れき石器)や大型獣の骨などを材料とした骨格器などを使用していたとみられる。その中でも( 5 )、ホモ・ハビリス、ジンジャントロプスなどの種がよく知られている。

 次に現れたのが( 6 )人である。( 6 )人は、60〜30万年前ほど時期、世界中に広く分布していたようである。脳容積は1000ミリリットルほどになり、( 2 )、( 1 )の使用が始まり、打製石器としてハンドアックス(握斧)などを使用していたようである。有名なところでは、( 7 )島のトリニールでオランダ人のデュボアによって発見された( 7 )、北京郊外の周口店で発見された( 8 )などがある。

 つづいて現れたのは( 9 )人である。( 9 )人は20〜数万年前まで、やはり世界中に広く分布した。旧人の脳容積は現代人とほぼ同じ約1500ミリリットルに達した。また、打製石器としてより高度な剥片石器を使用したようである。このころになると、毛皮の衣服を着たり、屋根や炉を持つ家屋に住むなど、地球規模の寒冷化にも適応していった。このころになると宗教的行為もみられるようになり、( 10 )や呪術的行為も行われていたようである。旧人として代表的なものに( 11 )人がある。

 最後の登場するのが新人である。新人は4万年前頃から存在し、現生人類の直接の祖先と考えられており、脳容積は約1500ミリリットルである。脳容積自体は旧人とあまり変わらないが、生活はより複雑、高度になってきたし、信仰などの精神生活も多様化していったようである。代表的なものに( 12 )人、グリマルディ人、( 13 )人などがある。新人は、アメリカ大陸、オーストラリア大陸にも進出して全世界的に勢力を伸ばし、旧人に取って代わっていった。

 新人は多様な道具を作り出すことで生活の多様化を進めてきた。特に石器と骨格器の使用の高度化はめざましく、石刃石器、細石器といったより高度な打製石器や、釣り針やもりなどには骨格器も広く普及した。また、この時代には犬の家畜化が進んで、集団での行動などの社会的行動も生まれた。

 このころの豊かな精神生活を象徴する事柄として、スペイン北部の( 14 )や、フランス南部の( 15 )などの洞穴に描かれている洞穴壁画をあげることができる。これらは、自然の恵みを願う呪術的行為のために描かれたと考えられている。そのほかにも多産を願うための装身具である女性裸像や、埋葬様式としての( 16 )の増加などをこの時代の精神・宗教的な特徴としてあげることができる。

 現在から1万年ほど前、完新世になると地球が温暖化し、陸地が後退していった。寒系の大型動物が北へ移動し消滅したのと入れ替わって、暖系の小型動物が増加していき、それまで通りの生活は難しくなってくる。この気候の変化に、人類生活様式を変えることで対応していった。


新石器文化

 新石器時代になると人類の生活様式は大きく3つに分かれていく。一つは原始農耕文化、もうひとつが原始遊牧民の文化、そして最後が狩猟漁労の文化である。

 まず、原始農耕文化であるが、農耕は紀元前7000年頃から始まったとされる。このころには、( 17 )土器や( 18 )石器といったより高度な道具が使用されるようになっていた。このほかにも鎌、石臼、石杵、石皿なども使用されるようになったようである。この文化は紀元前5000年頃から東西に伝播し、紀元前3000年頃に旧大陸の各地に農耕文化が発達する下地ができあがった。

 次に、原始遊牧民の文化であるが、この文化の特徴として( 19 )石器を使用していたことが挙げられる。( 19 )石器は、「やじり」のように極めて小さな石器で、遊牧生活には大変役にたったらしい。この文化は、乾燥した草原地帯であるモンゴル高原・中央アジア・イランやシリアの付近・北アフリカを中心に広がった。

 最後に狩猟、漁労の文化であるが、特徴として、( 18 )石器や( 20 )土器や骨格器などを使用していたことが挙げられる。狩猟や漁労においては( 18 )石器は不可欠なものであったろうし、( 20 )土器は獲得物の保存や調理に大変役に立ったと推測される。この文化は、ユーラシア大陸北部の寒冷な森林地帯にみられた。

 この時期、ヨーロッパなどで巨石建造物が多く作られている。ドルメン(テーブル状に3つ程度の石が組み合わされたもの)メンヒル(丘上の巨石の集合体)ストーンサークル(石が円形に並んでいる)などの種類があり、呪術行為が行われたとする説もあるが、実際に何に使われたものなのかはよくわかっていない。


農耕牧畜の開始と階級の分化

 農耕牧畜の開始によって、人類は獲得経済から生産経済へと生活の形態が大きく変わり、安定的な食料を得ることができるようになった。最初に農耕がはじまったのは、西アジアから東地中海にかけての「( 21 )」と呼ばれる地域で、紀元前7000年頃には農耕が開始されていたとされる。主な農業遺跡としては、イラクの( 22 )遺跡、イスラエルの( 23 )遺跡、ハッスナ遺跡などがある。しかし、この当時の農業は天水に頼った乾地農法で、施肥をしない略奪農法であったため、頻繁に移動が必要であり、小集落(初期農村)を形成するにとどまった。

 農耕が開始されたとはいっても、初期農村の段階での集落は氏族が寄り集まったものであった。しかし、このころから生活文化が発達し始め、当時の住居、衣服、食器、農耕具など文化的遺品が発掘されている。

 紀元前5000年頃になると金属器(簡単な青銅器)や、彩文土器が作られるようになった。また、印章を使用した形跡がみられ、すでに所有や私有の概念が生まれていたことがうかがえる。紀元前3500年ごろになると( 24 )南部で大集落が形成され、灌漑農業が開始される。これによって農業生産が拡大し、余剰生産物が発生するという循環が生まれた。余剰生産物は人口増加を後押しし、職業、階級の文化を促した。このころになると文字が発明され、財貨の記録として用いられるようになっていた。金属器(青銅器、銅器)、船、車輪なども使われていたようである。

 紀元前3000年頃には、( 24 )南部に( 25 )人たちの諸都市国家が成立し、( 26 )を中心とする都市が形成された。この時代、すでに職業が完全に分化し、階級も分化しつつあった。職業、階級の発生は、灌漑農業に伴う大規模工事によるものとされる。大事業を行うにはそれだけ大きな力が必要であり、その力が権力となって、階級が分化していったのである。そして、灌漑農業によって得られた余剰生産物によって人口が増加し、職業専門集団が生まれてくる。これが職業の発生である。こういった点からすると、都市国家の成立は階級が分化し、支配層と被支配層が生まれ、次いで職業の分化による社会的分業が行われるという流れを生み出したと言える。



解答

1/2:言語・火(順不同)   3:猿   4:打製   5:アウストラロピテクス   6:原   7:ジャワ原人   8:北京原人   9:旧   10:死者の埋葬   11:ネアンデルタール人   12/13:クロマニヨン人・周口店上洞人(順不同)   14:アルタミラ   15:ラスコー   16:屈葬   17:彩文   18:磨製   19:細   20:櫛目文   21:肥沃な三日月地帯   22:ジャルモ   23:イェリコ   24:メソポタミア   25:シュメール   26:神殿



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