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イラン文明


バクトリアとパルティア

 ヘレニズム時代、中東地域にはセレウコス朝シリアが建国されたが、この国はあまりにも国土が広すぎたために各地で独立運動が起き、結局バクトリアとパルティアの2国に分裂してしまった。

 バクトリアはギリシア人が建てた国で、インドの西部にまでその領域を広げた。しかし、西方にあるパルティアや、北方から伸張してきたスキタイ人たちによって圧迫され、紀元前139年に滅亡した。国は滅亡したが、バクトリアの文化は後の国々に受け継がれ、クシャーナ朝期のガンダーラ美術に大きな影響を与えている。

 一方のパルティア王国は、北方で遊牧生活をしていたイラン人によって建てられた国である。その遊牧民の族長がアルサケスという名前だったため、パルティアは別名アルサケス朝とも呼ばれる。中国ではアルサケスの音に漢字をあて、安息国という名称で記録が残っている。パルティアは東西貿易の中継地点を占めて貿易によって発展し、ミトラダテス一世の時代にはメソポタミアにも勢力を拡大し、後にクテシフォンに遷都した。しかし、ローマとの慢性的な抗争や、内部でのササン朝の自立、拡大に伴って、しだいに勢いを失っていった。パルティアは、当初はヘレニズムの文化を継承し、公用語としてコイネを用いていたが、後にイランの固有文化の独自性を尊重するようになった。このような特徴から、パルティアもまた、後々に大きな影響を残した国家であった。


ササン朝ペルシア帝国

 ササン朝ペルシア帝国(以下ササン朝)はアケメネス朝ペルシア(以下アケメネス朝)発祥の地、イラン南部のペルシス地方でアルデシール1世が建国した。ササン朝はオアシスに定住する農耕を営むイラン人たちの部族で構成された。226年にはパルティア軍を撃破して勢力を拡大し、西はメソポタミアから東はアフガニスタンに至る広大な領土を持った。ササン朝はアケメネス朝の復活を企図し、イラン民族主義の高揚をはかり、ゾロアスター教を国教化した。

 ササン朝はシャープール一世の時に領土を急速に拡大し、西方ではエデッサの戦いでローマ軍に勝利しシリアを手中に収めた。このときにローマのヴァレリアヌス帝がササン朝の捕虜となっている。また、東ではクシャーナ朝を滅ぼしてインダス川付近までも進出した。こうして、4世紀の前半に領土は最大となる。

 このように勢いづいた後5世紀になると、中央アジアから遊牧民族であるエフタルが進出し、国土を浸食し始め、国内においては極端な禁欲と平等主義をとなえるマズダク教の出現など宗教的な混乱が続き、まさに内憂外患の状態となった。しかし、そのような中でホスロー1世が即位し、マズダク教の弾圧を行い、各種の制度を整備して内政を安定させた。さらに、モンゴル付近にあったトルコ系の国家である突蕨と協力してエフタルを挟撃してこれを退け、ササン朝は全盛期を迎えた。

 しかし、東ローマ帝国との慢性的な抗争は以後も続き、後にアラビア半島からはイスラム教徒のアラブ人が侵入し、ついに640年に首都のクテシフォンが陥落した。その2年後の642年にはニハーヴァンドの戦いで大敗し、ここでササン朝は事実上の滅亡を遂げた。ただし、実際に国家が滅亡したのは少し後の651年である。


ササン朝ペルシア帝国の文化

 この王朝にの文化の特徴はヘレニズム文化の影響を継承し、ペルシア固有の文化的伝統を復活強化したということである。これらの点から、国際色豊かで、東西からの文化を広く融合し、さらにその文化が東西に伝播していくという文化面の中継地点としても役割を果たした。

 ササン朝の宗教はゾロアスター教で、アケメネス朝以来の伝統を復活させている。3世紀頃には教典としてパフレヴィー語で書かれた「アヴェスター」が編集されている。ただし、国教とは言うもののその他の宗教も乱立していた。異民族や異教徒に対して寛容だったササン朝ではは、ローマで異端とされたネストリウス派キリスト教や、インドから伝来した仏教など、様々な宗教が布教され、信仰を集めていた。また、国内的には禁止されたが、後に中国にまで広がるマニ教が発祥したのもササン朝である。

 美術や工芸は、銀器、ガラス器、毛織物などが高度な技術に支えられて、多くの様式を生み出した。これらは東西へ伝播し、日本の正倉院にもササン朝で製造された白瑠璃碗(ガラス器)や、その影響を強く受けた水差し(漆胡瓶)などがある。



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