| -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
世界史猛特訓 第 82 号 バックナンバー配送バージョン
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
#この文書は「世界史猛特訓」のバックナンバーです。今までに配送し
#てきたものを、そのままの形で配送しています。
このメールは表示幅を71桁以上にしてご覧頂くと快適にお読み頂けます
もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
メールマガジンについての詳細情報は
http://www.sekaishi.com/support/
からどうぞ。
*************************************************************
1本文
7〜12世紀のインド
7世紀後半、インドではヒンドゥー社会が地域的に発展していたが、全土を
統一する王朝はあらわれなかった。ヴァルダナ朝が一時北インドを統一したも
のの、ハルシヤ王の死後王室に内紛が生じ、13世紀にかけて分裂の時代が訪れ
た。
北インドでは、土着勢力や外来民族による小国家が分立し、その小国家の王
達がラージプート(王の子)を自称していたため、この時代は指してラージプ
ート時代とよばれる。一方、南インドでは諸王朝の覇権争いが展開され、様々
な王朝が盛衰していた。
統一的な王朝が出現しないという時代背景もあって、インドで各地で多くの
地方語が発生し、各地域独自の文化が形成された。西北インドでは『プリトヴ
ィーラージ=ラーソー』という武勲物語がアーリア語で書かれるといった文化
的発展が見られた一方、南インドでは青銅製のシヴァ神像が造られるなどヒン
ドゥー教が浸透していた。東部インドでは密教が発達し、宗教的に他の地域と
は異なる独自の文化を形成した。しかし、統一王朝が存在しないことにより仏
教は王朝による保護を失って次第に衰退し、インドからは姿を消していった。
一方で、南インドで発生したバクティ信仰が北伝し、クリシュナ信仰やラーマ
信仰といった新しいヒンドゥー教の形が形成された。
インドのイスラム化
インドに初めてイスラム教徒が侵入したのは8世紀初めのウマイヤ朝期であ
る。10世紀になると侵入が本格化し、アフガニスタン方面からイスラム化した
トルコ人達が盛んにインドに侵入した。
ガズナ朝(962〜1186)はたびたび北インドに侵入し、略奪と破壊を繰り返し
た。全盛期のマフムード王の時代には実に17回もインドに侵入し略奪行為を行
っている。ガズナ朝に続いてアフガニスタンに本拠を置いたゴール朝(1148〜
1215)は、ラージプート諸王の軍を撃破してベンガル地方に進出し、北インド
を支配するに至った。しかし、インドの偶像崇拝に対して厳しい態度で望み、
神像の破壊などを行ったために土着化できなかった。
こうしたなか、ゴール朝の奴隷武将であったアイバクがデリーで自立し、奴
隷王朝を建国した。これがインド最初のイスラム王朝で、以後デリーに本拠を
おく5つの王朝が次々と出現した。これらを総称してデリー=スルタン朝とい
う。
奴隷王朝時代の1221年、チンギス=ハンがインドに侵入したが撃退に成功し
ている。奴隷王朝の次の王朝がハルジー朝。その次がトゥグルク朝である。ト
ゥグルク朝は従来のヒンドゥー教インド社会を温存しつつそのうえに寄生する
形で君臨し、現実的な支配が行われた。トゥグルク朝の次にあらわれた4番目
の王朝がサイイド朝で、その次の5番目がロディー朝である。ロディー朝期に
は寛容な支配が行われる一方、イスラム神秘主義者の活動によってインド人に
もイスラム改宗者が出るなど、安定した支配が行われた。
ムガル帝国
ムガル帝国は16世紀の後半にティムールの子孫バーブルが建国した。彼は中
央アジアからインドに南下してアフガニスタンに勢力を築いた後、ロディー朝
の内乱に乗じてインドに侵入し、パーニパッドの戦いで勝利してデリーへ入城
、ムガル朝を創始した。しかし、2代目フマーユーンの時代に内乱で支配体制
が揺るぎ、一時イランのサファヴィー朝に亡命したが、後にインドに戻ってム
ガルを再建した。
3代目のアクバルはムガル帝国の真の建国者といわれ、北インドを統一して
領土を拡大し、アフガニスタンからデカン高原までの広大な版図を築いた。ま
た、新都アグラを造営して遷都し、中央集権化を進めた。一方、非ムスリムと
の融和のためにジズヤを廃止したり、イスラム化していないラージプート諸勢
力との融和策を展開し、支配の安定化を図った。その他、宗教的融和のために
新宗教である神聖宗教を創始したが、こちらは成功せず、アクバルの死後消滅
してしまった。
5代目のシャー=ジャハーンの時代帝国は最盛期を迎え、インド=イスラム
文化は絶頂に達した。タージ=マハル廟は彼の時代に造営された建築物である
。
17世紀後半、6代目アウラングゼーブが即位する。彼の時代に帝国の版図は
最大となるが、度重なる遠征が国を疲弊させ、厳格なスンナ派の立場からジズ
ヤを復活するなどのイスラム化政策の強行は諸勢力の反発を招いた。この結果
、パンジャーブ地方のシーク教徒が反乱をおこしたり、デカン高原西部のマラ
ータ族が同盟を結んで中央に反抗するなど、統治機構は崩壊していった。そし
て彼の死後は帝位をめぐる争いが起こり、ムガル帝国は衰退しいった。
ムガル帝国衰退期、西部デカン高原でマラータ同盟というマラータ族の連合
が結成された。マラータ同盟は南インドに勢力を拡大し、南部デカン高原にあ
ったヒンドゥー朝国のヴィジャヤナガルは徐々に圧迫されるなど、インド内部
での勢力争いが激化した。ここにイギリスとフランスが進出して勢力を争い、
最終的にインドはイギリスの植民地となった。
*************************************************************
2カッコ抜き
7〜12世紀のインド
7世紀後半、インドではヒンドゥー社会が地域的に発展していたが、全土を
統一する王朝はあらわれなかった。ヴァルダナ朝が一時北インドを統一したも
のの、ハルシヤ王の死後王室に内紛が生じ、13世紀にかけて分裂の時代が訪れ
た。
北インドでは、土着勢力や外来民族による小国家が分立し、その小国家の王
達がラージプート(王の子)を自称していたため、この時代は指してラージプ
ート時代とよばれる。一方、南インドでは諸王朝の覇権争いが展開され、様々
な王朝が盛衰していた。
統一的な王朝が出現しないという時代背景もあって、インドで各地で多くの
地方語が発生し、各地域独自の文化が形成された。西北インドでは『プリト
ヴィーラージ=ラーソー』という武勲物語がアーリア語で書かれるといった文
化的発展が見られた一方、南インドでは青銅製のシヴァ神像が造られるなどヒ
ンドゥー教が浸透していた。東部インドでは密教が発達し、宗教的に他の地域
とは異なる独自の文化を形成した。しかし、統一王朝が存在しないことにより
仏教は王朝による保護を失って次第に衰退し、インドからは姿を消していった
。一方で、南インドで発生した( 1 )信仰が北伝し、クリシュナ信仰やラ
ーマ信仰といった新しいヒンドゥー教の形が形成された。
インドのイスラム化
インドに初めてイスラム教徒が侵入したのは8世紀初めのウマイヤ朝期であ
る。10世紀になると侵入が本格化し、アフガニスタン方面からイスラム化した
トルコ人達が盛んにインドに侵入した。
( 2 )朝(962〜1186)はたびたび北インドに侵入し、略奪と破壊を繰り
返した。全盛期のマフムード王の時代には実に17回もインドに侵入し略奪行為
を行っている。( 2 )朝に続いてアフガニスタンに本拠を置いた( 3 )
朝(1148〜1215)は、ラージプート諸王の軍を撃破してベンガル地方に進出し
、北インドを支配するに至った。しかし、インドの偶像崇拝に対して厳しい態
度で望み、神像の破壊などを行ったために土着化できなかった。
こうしたなか、ゴール朝の奴隷武将であったアイバクがデリーで自立し、
( 4 )王朝を建国した。これがインド最初のイスラム王朝で、以後デリー
に本拠をおく5つの王朝が次々と出現した。これらを総称してデリー=スルタ
ン朝という。
奴隷王朝時代の1221年、チンギス=ハンがインドに侵入したが撃退に成功し
ている。奴隷王朝の次の王朝がハルジー朝。その次がトゥグルク朝である。ト
ゥグルク朝は従来のヒンドゥー教インド社会を温存しつつそのうえに寄生する
形で君臨し、現実的な支配が行われた。トゥグルク朝の次にあらわれた4番目
の王朝がサイイド朝で、その次の5番目が( 5 )朝である。( 5 )朝
期には寛容な支配が行われる一方、イスラム神秘主義者の活動によってインド
人にもイスラム改宗者が出るなど、安定した支配が行われた。
ムガル帝国
ムガル帝国は16世紀の後半にティムールの子孫( 6 )が建国した。彼は
中央アジアからインドに南下してアフガニスタンに勢力を築いた後、ロディー
朝の内乱に乗じてインドに侵入し、パーニパッドの戦いで勝利してデリーへ入
城、ムガル朝を創始した。しかし、2代目フマーユーンの時代に内乱で支配体
制が揺るぎ、一時イランのサファヴィー朝に亡命したが、後にインドに戻って
ムガルを再建した。
3代目の( 7 )はムガル帝国の真の建国者といわれ、北インドを統一し
て領土を拡大し、アフガニスタンからデカン高原までの広大な版図を築いた。
また、新都( 8 )を造営して遷都し、中央集権化を進めた。一方、非ムス
リムとの融和のためにジズヤを廃止したり、イスラム化していないラージプー
ト諸勢力との融和策を展開し、支配の安定化を図った。その他、宗教的融和の
ために新宗教である神聖宗教を創始したが、こちらは成功せず、アクバルの死
後消滅してしまった。
5代目の( 9 )の時代帝国は最盛期を迎え、インド=イスラム文化は絶
頂に達した。タージ=マハル廟は彼の時代に造営された建築物である。
17世紀後半、6代目( 10 )が即位する。彼の時代に帝国の版図は最大と
なるが、度重なる遠征が国を疲弊させ、厳格なスンナ派の立場からジズヤを復
活するなどのイスラム化政策の強行は諸勢力の反発を招いた。この結果、パン
ジャーブ地方のシーク教徒が反乱をおこしたり、デカン高原西部のマラータ族
が同盟を結んで中央に反抗するなど、統治機構は崩壊していった。そして彼の
死後は帝位をめぐる争いが起こり、ムガル帝国は衰退しいった。
ムガル帝国衰退期、西部デカン高原でマラータ同盟というマラータ族の連合
が結成された。マラータ同盟は南インドに勢力を拡大し、南部デカン高原にあ
ったヒンドゥー朝国のヴィジャヤナガルは徐々に圧迫されるなど、インド内部
での勢力争いが激化した。ここにイギリスとフランスが進出して勢力を争い、
最終的にインドはイギリスの植民地となった。
解答
1:バクティ 2:ガズナ 3:ゴール 4:奴隷
5:ロディー 6:バーブル 7:アクバル 8:アグラ
9:シャー=ジャハーン 10:アウラングゼーブ
*************************************************************
3一問一答
1:アクバルが行った、非イスラム教徒との融和のための政策は何か
2:シャー=ジャハーンが造営した白大理石が特徴的な廟は何か
解答
1:ジズヤの廃止
2:タージ=マハル
*************************************************************
4ご案内
====メールマガジン関連のご案内====
ここに掲載する内容は正誤を確認してはおりますが、大量の資料を扱うため
予期せずに間違いが流れてしまうことがあります。間違いを発見なさった方
はwebmaster@sekaishi.comまでご連絡いただきたいと思います。また、
致命的な間違いは、発見され次第、訂正版をお送りいたします。
このメールマガジン内で記述された会社名・商品名は、各社の商標または登
録商標です。
※このメールマガジンに起因するいかなる損害も作者は保証いたしません
※このメールマガジンに関し、編集・発行者は著作権を主張します。
※詳しくは、http://www.sekaishi.com/support/author.html
※の「著作権について」をご覧下さい。
====ウェブサイトのご案内====
メールマガジン登録・解除(機能的です)
http://www.sekaishi.com/mailmag/tokai.html
掲示板(暫定運営中)
http://www.sekaishi.com/bbs/
バックナンバー集(全てのバックナンバーを一覧できます)
http://www.sekaishi.com/mailmag/sekamo/
更新情報
http://www.sekaishi.com/whatsnew.html
中国歴史用語変換辞書for ATOK9/ATOK11(日本語変換ライブラリ)
http://www.sekaishi.com/im/
*「ATOK」は株式会社ジャストシステムの登録商標です。
*************************************************************
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
編集・発行:世界史猛特訓製作委員会
The World History
連絡先:webmaster@sekaishi.com
ホーム:http://www.sekaishi.com/
メルマガの登録・解除、バックナンバーのページ等があります。
このメールマガジンの著作権は編集・発行人が保持しています。
(c) 1998-2002 世界史猛特訓製作委員会
The World History
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= |
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
|