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世界史猛特訓 第 81 号 バックナンバー配送バージョン
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もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
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1本文
オスマン=トルコの制度と社会
オスマン=トルコは建国時からスルタン制をとっていたが、セリム1世がマ
ムルーク朝を攻略して以後、スルタンがカリフを兼任するスルタン=カリフ制
となった。スルタンはカリフを兼任することでイスラム法の施行者として、ま
た、正統派信仰の擁護者として君臨し、イスラム法を具現化する制度を整備し
た。
オスマン=トルコは非常に広い地域を征服したため、領内に多くの異教徒を
抱えていた。それらをスムーズに支配するため、イスラム教徒と異教徒とで異
なった支配方法を採用した。トルコ人支配地ではティマール制という土地制度
を敷き、イクター制と同様に太守による領地支配を行う一方で、世襲化と土着
化を防ぐために一定期間で国替えを行った。当初この制度はうまくいっていた
が、16世紀後半以降には崩壊し、有力者の土着化が進行した。一方で異教徒が
居住する地域では、納税を条件に自治的共同体を容認するミッレト制とられ、
概して寛容な政策がとられた。
軍事制度の面では、特にスルタン直属の歩兵軍団としてイェニチェリが組織
された。イェニチェリはバルカン半島征服の進展に伴う兵力増強の必要性には
じまり、キリスト教徒の少年を徴集してスルタンへの忠誠を教育するデウシル
メ制によって養成された。しかし、イェニチェリそのものが後に特権化し、ス
ルタン位の継承に干渉するなど様々な弊害も見られた。
サファヴィー朝
サファヴィー朝はティムール朝衰退の後のイランに建国された国家で、イス
マーイール1世がタブリーズを占領して創始した。サファヴィー朝はイラン人
による国家で、シーア派(十二イマーム派)を国教として西方のスンナは国家
であるオスマン=トルコに対抗した。イラン民族伝統の継承意識から王号はス
ルタンではなくシャーと称した。
サファヴィー朝の全盛期はアッバース1世の時代で、タブリーズからイスフ
ァハンに遷都し、イクター制に似た封土制を採用した。 軍制も改革され、従来
のイスラム国家と同じようにマムルークが採用された。外交分野ではオスマン
朝との抗争が続き、メソポタミアをめぐる攻防が展開された。また、ペルシア
湾からポルトガル勢力を駆逐する一方でイギリスなどと親交し、通商関係を樹
立した。文化的な面ではイラン芸術が発達し、シーアは神学が完成された。
しかし、17世紀後半になると宮廷内の勢力争いなどで次第に衰退し、1736年
にアフガン人の侵攻によって滅亡した。
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2カッコ抜き
オスマン=トルコの制度と社会
オスマン=トルコは建国時からスルタン制をとっていたが、セリム1世がマ
ムルーク朝を攻略して以後、スルタンがカリフを兼任するスルタン=カリフ制
となった。スルタンはカリフを兼任することでイスラム法の施行者として、ま
た、正統派信仰の擁護者として君臨し、イスラム法を具現化する制度を整備し
た。
オスマン=トルコは非常に広い地域を征服したため、領内に多くの異教徒を
抱えていた。それらをスムーズに支配するため、イスラム教徒と異教徒とで異
なった支配方法を採用した。トルコ人支配地では( 1 )制という土地制度
を敷き、イクター制と同様に太守による領地支配を行う一方で、世襲化と土着
化を防ぐために一定期間で国替えを行った。当初この制度はうまくいっていた
が、16世紀後半以降には崩壊し、有力者の土着化が進行した。一方で異教徒が
居住する地域では、納税を条件に自治的共同体を容認する( 2 )制とられ
、概して寛容な政策がとられた。
軍事制度の面では、特にスルタン直属の歩兵軍団として( 3 )が組織さ
れた。( 3 )はバルカン半島征服の進展に伴う兵力増強の必要性にはじま
り、キリスト教徒の少年を徴集してスルタンへの忠誠を教育するデウシルメ制
によって養成された。しかし、( 3 )そのものが後に特権化し、スルタン
位の継承に干渉するなど様々な弊害も見られた。
サファヴィー朝
サファヴィー朝はティムール朝衰退の後のイランに建国された国家で、
( 4 )がタブリーズを占領して創始した。サファヴィー朝はイラン人によ
る国家で、シーア派(十二イマーム派)を国教として西方のスンナは国家であ
るオスマン=トルコに対抗した。イラン民族伝統の継承意識から王号はスルタ
ンではなくシャーと称した。
サファヴィー朝の全盛期は( 5 )の時代で、タブリーズから( 6 )
に遷都し、イクター制に似た封土制を採用した。 軍制も改革され、従来のイス
ラム国家と同じようにマムルークが採用された。外交分野ではオスマン朝との
抗争が続き、メソポタミアをめぐる攻防が展開された。また、ペルシア湾から
ポルトガル勢力を駆逐する一方でイギリスなどと親交し、通商関係を樹立した
。文化的な面ではイラン芸術が発達し、シーアは神学が完成された。
しかし、17世紀後半になると宮廷内の勢力争いなどで次第に衰退し、1736年
にアフガン人の侵攻によって滅亡した。
解答
1:ティマール 2:ミッレト 3:イェニチェリ
4:イスマーイール1世 5:アッバース1世 6:イスファハン
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