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世界史猛特訓 第 69 号 バックナンバー配送バージョン
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もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
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1本文
西ヨーロッパ列強の植民活動
17世紀半ばになると、それまでの香辛料、金銀、奴隷のみの貿易に、インド
産の綿布や中国産の茶、絹、陶磁器など貿易品目が加わった。また、ヨーロッ
パ列強がアジアでの領域支配を開始したことで、貿易の様態も変化した。
この時期のヨーロッパ各国は、重商主義政策の一環として貿易差益を財政確
立の主要な手段として重視したため、貿易を国家的事業として運営していた。
その一例が、イギリス、オランダ、フランスで設立された東インド会社による
独占貿易であった。これらはスペインやポルトガル王室の独占貿易に対抗する
ために有力商人の共同出資等により設立され、国王の特許状を得ることで独占
会社として独占的な通商権や国家的な諸権利を付与された。こうした諸権利の
なかには、商船や商館を武装すること、条約や同盟を締結すること、さらには
独自の軍隊を持って軍事力を行使することなど、広範な権限が含まれた。各国
がこのように貿易の拡大をはかったため、各国の商業利害が対立し、海外貿易
競争は国家間の競争、対立へと発展した。そして、植民地における勢力争いの
戦争はヨーロッパでの国際対立、戦争と相互に連動して展開された。
16世紀以降の植民の歴史を簡略に紹介してみる。16世紀、ポルトガルがアジ
ア貿易を独占する一方、スペインは中南米やフィリピンに進出した。この2国
はトリデシリャス条約やサラゴサ条約で世界分割をもくろみ、スペインは太陽
の沈まない帝国と称されるに至った。
17世紀、オランダ、イギリス、フランスが相次いでアジア貿易と新大陸貿易
に進出した。特にオランダはアジア貿易の独占により経済的覇権を確立し、ア
ンボイナ事件によってイギリスをモルッカ地域から排斥した。しかし、1651年
に制定されたイギリスの航海法をきっかけに、1652年から英蘭戦争が勃発し、
オランダはそれに敗北した。香辛料貿易の利ざやも薄くなり、オランダはしだ
いにアジア貿易の覇権を失った。一方、イギリス、フランスはインド進出をよ
りいっそう加速させた。
18世紀にはいると、英仏両国は北米とインドで抗争するようになるが、18世
紀の後半になるとイギリスはフランスとの抗争に勝利して植民帝国を形成して
いった。
アジアでの勢力争い
16世紀から17世紀にかけ、ヨーロッパ諸国はアジアでの香辛料貿易を独占を
図ろうとした。そのために、現地勢力に許可を得て貿易拠点を設営し、その拠
点とヨーロッパとを繋ぐルートの確保を目指した。当時、アジアではムガル帝
国や清朝などが全盛期であり、ヨーロッパ諸国間の貿易競争は、現地勢力から
通商独占権を得るという形をとっていた。
その貿易形態は、ヨーロッパからアジアに銀を運び、アジアからは香辛料を
運ぶというものであった。当時のアジアでは銀以外にヨーロッパから補給され
るべき物資がなく、ヨーロッパから銀が流出する一方の片貿易であった。その
ためにヨーロッパでは銀が不足し、一方で各国が貿易に手を伸ばしたために香
辛料の在庫が増大した。結果、香辛料価格は低落し、アジアとの香辛料貿易は
実入りの少ないものになっていった。
こうしたなか、銀の持ち出し一方であったヨーロッパは、アジア内貿易に割
り込むことで利益を稼ぎ、ヨーロッパからの銀の流出を補おうとした。たとえ
ばオランダは、日中間の貿易に介入して利益を得た。
また、利が薄くなった香辛料にかわって、インド産綿布(キャラコ)や中国
の茶、絹、陶磁器などもヨーロッパに流れるようになった。こうした流れのな
かで香辛料貿易の重要性は相対的に低下し、インドや中国の重要性が増大し
た。そこで、モルッカを主軸に香辛料ルートを支配していたオランダの地位は
低下し、変わってイギリスやフランスが台頭した。
ムガル帝国が全盛期を過ぎ、分裂と内部抗争が激しくなると、これに乗じて
イギリスとフランスは勢力範囲の拡大を図った。こうしたなか、インドの覇権
をめぐってイギリスとフランスが抗争した。
1744年から1763年までの3次にわたるカーナティック戦争では、イギリス支
配下のマドラスとフランス支配下のポンディシェリを中心に、南インド東岸地
域をめぐって争った。1744年から1748年までの第1次戦争と1750年から1754年
までの第2次戦争ではフランス総督デュプレクスの活躍によって、フランスが
善戦した。しかし、第2次戦争の終結時にデュプレクスが本国召還となり、
1758年から1763年までの第3次戦争ではイギリスの攻勢のまえにポンディシェ
リが陥落、カーナティック戦争はイギリスの勝利に終わった。
1757年、ベンガル地方をめぐって英仏が抗争し、プラッシーの戦いがおこっ
た。この戦いはベンガル支配をもくろむイギリスと、それに対抗するベンガル
太守とフランスとが争ったが、イギリスの東インド会社のクライヴが率いたイ
ギリス軍が勝利し、インドにおけるイギリスの優位が確定した。また、1767年
から1799年にかけてはデカン高原南部でのマイソール戦争でもイギリスは勝利
をおさめた。その後イギリスは、マラータ戦争とシク戦争にも勝利し、英領イ
ンド帝国が形成された。
各国のアジアでの活動状況
1998年にインド航路を開拓したポルトガルは、1510年にはゴアに総督府を設
置してアジア貿易を独占した。1743年には種子島に到達して日本とも関係を
もった。1557年、マカオに居住権を獲得して中国にも拠点を築いた。その後マ
カオは植民地化されれたが、1999年12月に中国に返還され、アジアにおける植
民地支配は長い歴史を終えた。香辛料に頼った貿易が行き詰まると中国貿易へ
の進出も図るが、オランダとの競争に敗北し、17世紀にはかつての覇権を失っ
た。
1492年に新大陸を発見したスペインは、新大陸・太平洋経由でアジア貿易に
関わり、フィリピンを領有してマニラを根拠地化した。しかし、スペインの植
民活動の中心はあくまで新大陸にあった。
オランダは1602年に東インド会社を設立し、1619年にジャワ島のバタヴィア
(現在のジャカルタ)を根拠地化してモルッカ諸島を押さえ、香辛料貿易の主
軸を担った。また、イギリスが東南アジア地域に進出してアンボイナに拠点を
作ると、1623年にアンボイナ事件を起こしてイギリス商館を襲撃し、この地域
からイギリスを排斥した。こうして、オランダ領東インドの基礎が築かれた。
しかし、香辛料だけでは貿易の利ざやが薄くなり、日本との貿易に進出した
り、1624年には台湾を占領したりして、アジア内貿易に積極的に介入した。し
かし、貿易の主流はインドへに移り、オランダの地位は低下した。
イギリスは、1600年に東インド会社を設立してアジア進出を加速させた。ア
ンボイナ事件以降はインドに勢力を集中した。そして、ボンベイ・マドラス・
カルカッタなどの拠点をつくり、フランスとの抗争に勝利することで、後のイ
ンド植民地の基礎を固めた。
フランスは1604年に東インド会社を設立するが、長らく休眠状態になってい
た。しかし、1664年にコルベールのもとで東インド会社の再建が図られ、イン
ドでの拠点作りが行われた。フランスが根拠地化したのはポンディシェリやシ
ャンデルナゴルであったが、イギリスとの抗争に敗れてインドでの勢力は失わ
れた。
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2カッコ抜き
西ヨーロッパ列強の植民活動
17世紀半ばになると、それまでの( 1 )、金銀、奴隷のみの貿易に、イ
ンド産の綿布や中国産の茶、絹、陶磁器など貿易品目が加わった。また、ヨー
ロッパ列強がアジアでの領域支配を開始したことで、貿易の様態も変化した。
この時期のヨーロッパ各国は、重商主義政策の一環として貿易差益を財政確
立の主要な手段として重視したため、貿易を国家的事業として運営していた。
その一例が、イギリス、オランダ、フランスで設立された( 2 )による独
占貿易であった。これらはスペインやポルトガル王室の独占貿易に対抗するた
めに有力商人の共同出資等により設立され、国王の特許状を得ることで独占会
社として独占的な通商権や国家的な諸権利を付与された。こうした諸権利のな
かには、商船や商館を武装すること、条約や同盟を締結すること、さらには独
自の軍隊を持って軍事力を行使することなど、広範な権限が含まれた。各国が
このように貿易の拡大をはかったため、各国の商業利害が対立し、海外貿易競
争は国家間の競争、対立へと発展した。そして、植民地における勢力争いの戦
争はヨーロッパでの国際対立、戦争と相互に連動して展開された。
16世紀以降の植民の歴史を簡略に紹介してみる。16世紀、ポルトガルがアジ
ア貿易を独占する一方、スペインは中南米や( 3 )に進出した。この2国
は( 4 )条約やサラゴサ条約で世界分割をもくろみ、スペインは太陽の沈
まない帝国と称されるに至った。
17世紀、オランダ、イギリス、フランスが相次いでアジア貿易と新大陸貿易
に進出した。特にオランダはアジア貿易の独占により経済的覇権を確立し、
( 5 )事件によってイギリスをモルッカ地域から排斥した。しかし、1651
年に制定されたイギリスの航海法をきっかけに、1652年から英蘭戦争が勃発
し、オランダはそれに敗北した。香辛料貿易の利ざやも薄くなり、オランダは
しだいにアジア貿易の覇権を失った。一方、イギリス、フランスはインド進出
をよりいっそう加速させた。
18世紀にはいると、英仏両国は北米とインドで抗争するようになるが、18世
紀の後半になるとイギリスはフランスとの抗争に勝利して植民帝国を形成して
いった。
アジアでの勢力争い
16世紀から17世紀にかけ、ヨーロッパ諸国はアジアでの香辛料貿易を独占を
図ろうとした。そのために、現地勢力に許可を得て貿易拠点を設営し、その拠
点とヨーロッパとを繋ぐルートの確保を目指した。当時、アジアではムガル帝
国や清朝などが全盛期であり、ヨーロッパ諸国間の貿易競争は、現地勢力から
通商独占権を得るという形をとっていた。
その貿易形態は、ヨーロッパからアジアに銀を運び、アジアからは香辛料を
運ぶというものであった。当時のアジアでは銀以外にヨーロッパから補給され
るべき物資がなく、ヨーロッパから銀が流出する一方の片貿易であった。その
ためにヨーロッパでは銀が不足し、一方で各国が貿易に手を伸ばしたために香
辛料の在庫が増大した。結果、香辛料価格は低落し、アジアとの香辛料貿易は
実入りの少ないものになっていった。
こうしたなか、銀の持ち出し一方であったヨーロッパは、アジア内貿易に割
り込むことで利益を稼ぎ、ヨーロッパからの銀の流出を補おうとした。たとえ
ばオランダは、日中間の貿易に介入して利益を得た。
また、利が薄くなった香辛料にかわって、インド産( 6 )や中国の
( 7 )、絹、陶磁器などもヨーロッパに流れるようになった。こうした流
れのなかで香辛料貿易の重要性は相対的に低下し、インドや中国の重要性が増
大した。そこで、モルッカを主軸に香辛料ルートを支配していたオランダの地
位は低下し、変わってイギリスやフランスが台頭した。
ムガル帝国が全盛期を過ぎ、分裂と内部抗争が激しくなると、これに乗じて
イギリスとフランスは勢力範囲の拡大を図った。こうしたなか、インドの覇権
をめぐってイギリスとフランスが抗争した。
1744年から1763年までの3次にわたる( 8 )戦争では、イギリス支配下
の( 9 )とフランス支配下の( 10 )を中心に、南インド東岸地域をめ
ぐって争った。1744年から1748年までの第1次戦争と1750年から1754年までの
第2次戦争ではフランス総督デュプレクスの活躍によって、フランスが善戦し
た。しかし、第2次戦争の終結時にデュプレクスが本国召還となり、1758年か
ら1763年までの第3次戦争ではイギリスの攻勢のまえにポンディシェリが陥
落、カーナティック戦争はイギリスの勝利に終わった。
1757年、ベンガル地方をめぐって英仏が抗争し、( 11 )の戦いがおこっ
た。この戦いはベンガル支配をもくろむイギリスと、それに対抗するベンガル
太守とフランスとが争ったが、イギリスの東インド会社の( 12 )が率いた
イギリス軍が勝利し、インドにおけるイギリスの優位が確定した。また、1767
年から1799年にかけてはデカン高原南部でのマイソール戦争でもイギリスは勝
利をおさめた。その後イギリスは、マラータ戦争とシク戦争にも勝利し、英領
インド帝国が形成された。
各国のアジアでの活動状況
1998年にインド航路を開拓したポルトガルは、1510年には( 13 )に総督
府を設置してアジア貿易を独占した。1743年には種子島に到達して日本とも関
係をもった。1557年、( 14 )に居住権を獲得して中国にも拠点を築いた。
その後( 14 )は植民地化されれたが、1999年12月に中国に返還され、アジ
アにおける植民地支配は長い歴史を終えた。香辛料に頼った貿易が行き詰まる
と中国貿易への進出も図るが、オランダとの競争に敗北し、17世紀にはかつて
の覇権を失った。
1492年に新大陸を発見したスペインは、新大陸・太平洋経由でアジア貿易に
関わり、( 3 )を領有してマニラを根拠地化した。しかし、スペインの植
民活動の中心はあくまで新大陸にあった。
オランダは1602年に東インド会社を設立し、1619年にジャワ島の( 15 )
を根拠地化してモルッカ諸島を押さえ、香辛料貿易の主軸を担った。また、イ
ギリスが東南アジア地域に進出して( 5 )に拠点を作ると、1623年に
( 5 )事件を起こしてイギリス商館を襲撃し、この地域からイギリスを排
斥した。こうして、オランダ領東インドの基礎が築かれた。しかし、香辛料だ
けでは貿易の利ざやが薄くなり、日本との貿易に進出したり、1624年には
( 16 )を占領したりして、アジア内貿易に積極的に介入した。しかし、貿
易の主流はインドへに移り、オランダの地位は低下した。
イギリスは、1600年に東インド会社を設立してアジア進出を加速させた。ア
ンボイナ事件以降はインドに勢力を集中した。そして、( 17 )・マドラ
ス・( 18 )などの拠点をつくり、フランスとの抗争に勝利することで、後
のインド植民地の基礎を固めた。
フランスは1604年に東インド会社を設立するが、長らく休眠状態になってい
た。しかし、1664年に( 19 )のもとで東インド会社の再建が図られ、イン
ドでの拠点作りが行われた。フランスが根拠地化したのはポンディシェリや
( 20 )であったが、イギリスとの抗争に敗れてインドでの勢力は失われ
た。
解答
1:香辛料 2:東インド会社 3:フィリピン
4:トリデシリャス 5:アンボイナ 6:綿布(キャラコ)
7:茶 8:カーナティック 9:マドラス
10:ポンディシェリ 11:プラッシー 12:クライヴ 13:ゴア
14:マカオ 15:バタヴィア 16:台湾 17:ボンベイ
18:カルカッタ 19:コルベール 20:シャンデルナゴル
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3一問一答
1:北米で植民地抗争を100年にわたって行った二国はどことどこか。
2:この時期の貿易で、中国に大量に流入したのは何か
3:ポルトガルが根拠地化したマカオが中国に返還されたのはいつか。
4:オランダが植民地化した香辛料の主要産地は何諸島か
解答
1:イギリス・フランス
2:銀
3:1999年(12月20日)
4:モルッカ諸島
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