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 世界史猛特訓  第 55 号        バックナンバー配送バージョン
 
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 もくじ
 1------本文
 2------カッコ抜き問題
 3------一問一答
 4------ご案内
 5------連絡先など
 
 
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 ************************************************************* 
 1本文
 
 中世の学問
 
  中世の学問や文化はキリスト教思想を中心としていた。そのため、学問は神
 への奉仕が第一とされ、主として修道院が古代の学問を保護継承した。また、
 都市部の司教座教会には付属学校があり、聖職者の育成機関としての役割を果
 たした。
 
  スコラは神学校のことで、スコラ学は神学を中心とした中世学問の総称であ
 る。スコラ学は、神学を頂点として哲学や論理学、自然学などを補助学問とし
 た体系を持っていた。頂点にある神学は他の学問とは別格であり、「哲学は神
 学の下僕である」とも言われた。スコラ学は12世紀頃誕生して従来の哲学との
 地位を逆転し、13世紀にはスコラ学の体系化が進んだ。こうした中で、聖職者
 は、礼拝者から次第に知識人へと変化していった。また、スコラ学ではローマ
 以来のラテン語が用いられ、当時の西ヨーロッパの知識階層ではラテン語が国
 際言語となった。
 
  スコラ学の礎となったのは、古代末期からの教父達の活動であった。教父と
 はキリスト教教義の整理・体系化を推し進めた宗教者のことで、三位一体説を
 唱えたアタナシウスや、「年代記」「教会史」を記したエウセビオス、最大の
 教父と言われ「告白」「神の国」などを記したアウグスティヌスらがいる。こ
 のような教父達の活動の後、神と信仰を理性によって根拠付て体系化しようと
 したのがスコラ学である。スコラ学初期の神学者として、アーヘンの宮廷学校
 にカール大帝によって招聘されたアルクィンがいる。
 
  11世紀になると、普遍論争が起こった。普遍論争は、普遍的念が個物に先行
 して超越的に存在するという「実在論」と、個物が普遍に先行して存在すると
 いう「名目論」の2つの考え方の対立である。実在論の立場を取る学者は無条
 件に神に祈れば救われると主張した一方、名目論の立場を取る学者は、神は人
 間が頭の中で作り上げたものであるから、理性によって神を把握するべきとの
 考えに立った。
 
  実在論を唱えたのがスコラ学の父と言われるアンセルムスである。一方、ロ
 スケリヌスは名目論論者であった。この少し後のアベラールは、妄信的信仰を
 理性主義の立場から批判し、名目論を支持した。このような中、スコラ学の大
 成者言われるドミニコ会修道士トマス=アクィナスが出て、理性と信仰の調和
 を解いた神学大全を記した。
 
  この後、ドゥンス=スコトゥスがトマス=アクィナスを批判し、また、ウィ
 リアム=オッカムはスコトゥスの説を継承して理性と信仰を区別する説をとっ
 た。さらに、近代科学の先駆と言われるロジャー=ベーコンが出て、経験を重
 視する立場を唱えた。
 
  スコラ学においては、12世紀ごろからヨーロッパ各地で設立された大学も重
 要な役割を果たした。大学は教皇や君主の保護の元で成立した特許状を持つ一
 種の学問ギルドで、教員の組合(ウニヴェルシタス)が紀元となったタイプ
 と、学生組合が始まりとなったタイプがある。前者の代表的大学がパリ大学で
 あることからパリ型、後者の代表的大学がボローニャ大学であることからボ
 ローニャ型とも言われる。大学では、自由7科と大学4科(神学・医学・法
 学・哲学)が教授された。当時の主要な大学として、神学ではパリ大学、オク
 スフォード大学が、法学ではボローニャ大学が、医学ではサレルノ大学があ
 る。
 
 
 教会建築
 
  教会の建築様式は時代とともに変化した。最も古い様式がバシリカ式と言わ
 れ、長方形の形をしている。この様式の教会として、聖パウロ聖堂や聖マジ
 ョーレ聖堂(いずれもローマ)などがある。
 
  6世紀ごろからは、東方でビザンツ式の教会が多く建てられた。この様式の
 教会は正十字(ギリシア十字)形をしており、ドーム(円屋根)や内部壁面な
 どの壁画に特徴がある。代表的なものとしては聖ソフィア聖堂(コンスタンテ
 ィノープル)や聖ヴィターレ聖堂(ラヴェンナ)などがある。
 
  さらに時代が下り、西ヨーロッパが活力を取り戻してくると、ロマネスク式
 という様式の教会が建てられるようになった。これは北イタリアから南フラン
 スにかけて分布する建築様式で、長十字形をしており、その作りは重厚で壁が
 厚く、窓は小さいので内部は暗い。窓や出入り口の上端には半円アーチが作ら
 れている。代表的な物としてはピサ大聖堂やヴォルムス大聖堂(ドイツ)があ
 げられる。
 
  ロマネスクの後に出てきたのがゴシック式である。ゴシック様式は北フラン
 スで発祥してドイツ各地に普及した様式で、高い尖塔を持っていた。特徴とし
 て、高い尖塔と大きな窓、窓にはめられたステンドグラス、さらに窓や出入り
 口の上端に付いている尖頭アーチなどがあげられる。代表的なものとしてはパ
 リのノートルダム聖堂や北フランスのアミアン大聖堂、シャルトル大聖堂や、
 ドイツのケルン大聖堂などがある。
 
 
 文学
 
  中世の文学は騎士道に関する物が多く、当時の支配階級でもある騎士の風俗
 や倫理、思想が描かれている。これらの主な内容は、君主への忠誠やキリスト
 教の普及、武勇に女性擁護、音楽詩歌、教養などとなっている。
 
  フランスの『ローランの歌』はカール大帝がスペイン遠征の時に亡くした甥
 ローランの話である。イギリスの『アーサー王物語』はケルト人の伝説的英雄
 であるアーサー王と彼に仕えた騎士達の物語である。ドイツの『ニーベルンゲ
 ンの歌』はブルグンド族の史実や伝説を織り交ぜた騎士道文学である。
 
  また、北欧には『エッダ』や『サガ』といった、キリスト教の影響を受ける
 以前の伝説集が残っている。このような詩は、吟遊詩人によって各地の諸侯に
 伝えられた。
 
 
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 2カッコ抜き
 
 中世の学問
 
  中世の学問や文化はキリスト教思想を中心としていた。そのため、学問は神
 への奉仕が第一とされ、主として修道院が古代の学問を保護継承した。また、
 都市部の司教座教会には付属学校があり、聖職者の育成機関としての役割を果
 たした。
 
  スコラは神学校のことで、スコラ学は神学を中心とした中世学問の総称であ
 る。スコラ学は、神学を頂点として哲学や論理学、自然学などを補助学問とし
 た体系を持っていた。頂点にある神学は他の学問とは別格であり、「哲学は神
 学の下僕である」とも言われた。スコラ学は12世紀頃誕生して従来の哲学との
 地位を逆転し、13世紀にはスコラ学の体系化が進んだ。こうした中で、聖職者
 は、礼拝者から次第に知識人へと変化していった。また、スコラ学ではローマ
 以来の( 1 )語が用いられ、当時の西ヨーロッパの知識階層ではラテン語
 が国際言語となった。
 
  スコラ学の礎となったのは、古代末期からの教父達の活動であった。教父と
 はキリスト教教義の整理・体系化を推し進めた宗教者のことで、三位一体説を
 唱えた( 2 )や、「年代記」「教会史」を記したエウセビオス、最大の教
 父と言われ「告白」「神の国」などを記した( 3 )らがいる。このような
 教父達の活動の後、神と信仰を理性によって根拠付て体系化しようとしたのが
 スコラ学である。スコラ学初期の神学者として、アーヘンの宮廷学校にカール
 大帝によって招聘された( 4 )がいる。
 
  11世紀になると、普遍論争が起こった。普遍論争は、普遍的念が個物に先行
 して超越的に存在するという「実在論」と、個物が普遍に先行して存在すると
 いう「名目論」の2つの考え方の対立である。実在論の立場を取る学者は無条
 件に神に祈れば救われると主張した一方、名目論の立場を取る学者は、神は人
 間が頭の中で作り上げたものであるから、理性によって神を把握するべきとの
 考えに立った。
 
  実在論を唱えたのがスコラ学の父と言われるアンセルムスである。一方、ロ
 スケリヌスは名目論論者であった。この少し後のアベラールは、妄信的信仰を
 理性主義の立場から批判し、名目論を支持した。このような中、スコラ学の大
 成者言われるドミニコ会修道士( 5 )が出て、理性と信仰の調和を解いた
 神学大全を記した。
 
  この後、ドゥンス=スコトゥスがトマス=アクィナスを批判し、また、ウィ
 リアム=オッカムはスコトゥスの説を継承して理性と信仰を区別する説をとっ
 た。さらに、近代科学の先駆と言われる( 6 )が出て、経験を重視する立
 場を唱えた。
 
  スコラ学においては、12世紀ごろからヨーロッパ各地で設立された大学も重
 要な役割を果たした。大学は教皇や君主の保護の元で成立した特許状を持つ一
 種の学問ギルドで、教員の組合(ウニヴェルシタス)が紀元となったタイプ
 と、学生組合が始まりとなったタイプがある。前者の代表的大学がパリ大学で
 あることからパリ型、後者の代表的大学がボローニャ大学であることからボ
 ローニャ型とも言われる。大学では、自由7科と大学4科(神学・医学・法
 学・哲学)が教授された。当時の主要な大学として、神学では( 7 )大
 学、オクスフォード大学が、法学では( 8 )大学が、医学では( 9 )
 大学がある。
 
 
 教会建築
 
  教会の建築様式は時代とともに変化した。最も古い様式がバシリカ式と言わ
 れ、長方形の形をしている。この様式の教会として、聖パウロ聖堂や聖マジ
 ョーレ聖堂(いずれもローマ)などがある。
 
  6世紀ごろからは、東方で( 10 )式の教会が多く建てられた。この様式
 の教会は正十字(ギリシア十字)形をしており、ドーム(円屋根)や内部壁面
 などの壁画に特徴がある。代表的なものとしては( 11 )(コンスタンティ
 ノープル)や聖ヴィターレ聖堂(ラヴェンナ)などがある。
 
  さらに時代が下り、西ヨーロッパが活力を取り戻してくると、( 12 )式
 という様式の教会が建てられるようになった。これは北イタリアから南フラン
 スにかけて分布する建築様式で、長十字形をしており、その作りは重厚で壁が
 厚く、窓は小さいので内部は暗い。窓や出入り口の上端には半円アーチが作ら
 れている。代表的な物としては( 13 )大聖堂やヴォルムス大聖堂(ドイ
 ツ)があげられる。
 
  ロマネスクの後に出てきたのが( 14 )式である。ゴシック様式は北フラ
 ンスで発祥してドイツ各地に普及した様式で、高い尖塔を持っていた。特徴と
 して、高い尖塔と大きな窓、窓にはめられたステンドグラス、さらに窓や出入
 り口の上端に付いている尖頭アーチなどがあげられる。代表的なものとしては
 パリのノートルダム聖堂や北フランスのアミアン大聖堂、シャルトル大聖堂
 や、ドイツの( 15 )大聖堂などがある。
 
 
 文学
 
  中世の文学は騎士道に関する物が多く、当時の支配階級でもある騎士の風俗
 や倫理、思想が描かれている。これらの主な内容は、君主への忠誠やキリスト
 教の普及、武勇に女性擁護、音楽詩歌、教養などとなっている。
 
  フランスの『( 16 )』はカール大帝がスペイン遠征の時に亡くした甥
 ローランの話である。イギリスの『( 17 )』はケルト人の伝説的英雄であ
 るアーサー王と彼に仕えた騎士達の物語である。ドイツの『( 18 )』はブ
 ルグンド族の史実や伝説を織り交ぜた騎士道文学である。
 
  また、北欧には『エッダ』や『サガ』といった、キリスト教の影響を受ける
 以前の伝説集が残っている。このような詩は、吟遊詩人によって各地の諸侯に
 伝えられた。
 
 
 
 解答
 1:ラテン   2:アタナシウス   3:アウグスティヌス
 4:アルクィン   5:トマス=アクィナス   6:ロジャー=ベーコン
 7:パリ   8:ボローニャ   9:サレルノ   10:ビザンツ
 11:聖ソフィア聖堂   12:ロマネスク   13:ピサ   14:ゴシック
 15:ケルン   16:ローランの歌   17:アーサー王物語
 18:ニーベルンゲンの歌
 
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 3一問一答
 
 1:アタナシウスが唱えたキリストに関する考え方は何か
 2:アウグスティヌスの主著は何か
 3:アルクィンを招いたフランク王国の王は誰か
 4:トマス=アクィナスの主著は何か
 5:ゴシック様式の教会の特徴は何か
 
 解答
 1:三位一体説
 2:「告白」「神の国」
 3:カール大帝
 4:神学大全
 5:尖塔アーチとステンドグラス
 
 
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 4ご案内
 
 
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