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 世界史猛特訓  第 54 号        バックナンバー配送バージョン
 
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 もくじ
 1------本文
 2------カッコ抜き問題
 3------一問一答
 4------ご案内
 5------連絡先など
 
 
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 1本文
 
 スペインとポルトガル
 
  イベリア半島では、8世紀にイスラム勢力が侵入して西ゴート王国が滅亡し
 て以後、イスラム王朝による支配が続いた。しかし、キリスト教勢力のレコン
 キスタ(国土回復運動)によって徐々にイスラム勢力は南へと縮小され、西北
 部にはキリスト教国家が成立した。12世紀、半島北部には東から順にアラゴ
 ン・カスティリヤ・ポルトガルの3ヶ国が並びたち、1469年にアラゴンの王子
 フェルナンドとカスティリヤの王女イサベルが結婚して、1479年にはアラゴン
 とカスティリヤをあわせてスペインが成立した。さらに、1492年にはナスル朝
 最後の拠点であったグラナダが陥落し、イベリア半島のイスラム勢力は完全に
 駆逐されてレコンキスタが完成した。
 
  レコンキスタ完成後、スペインは中央集権的な国家体制を整備して封建諸侯
 を抑圧した。一方で宗教的な統一も図り、教会を国王の直轄下に置いたり異端
 尋問(宗教裁判)を利用するなどして国家のカトリック化をはかった。また、
 スペインは新航路の開拓に特に力を入れ、新大陸を発見して領有し、アジア貿
 易への進出も行った。
 
  ポルトガルは1139年にカスティリヤから独立し、15世紀には集権国家として
 の体裁を整えた。15世紀末期にジョアン2世のもとで王権の伸張と強化が図ら
 れ、エンリケ航海王子の下で新航路の開拓が行われた。そして、ポルトガルは
 東回りルートでのインド航路を開拓した。
 
 
 ドイツとイタリア
 
  ドイツでは、皇帝権が弱体であったのに対して封建諸侯の勢力は強かったか
 ら、国内は実質的に分裂状態が続いていた。強力な力を持つ諸侯は選挙王政を
 実施し、政治は皇帝と諸侯の妥協のもとで行われていたとも言える。さらに、
 聖職叙任権闘争以来、教会勢力と皇帝との結合は弱まっていた。一方で、歴代
 皇帝は即位にあたってローマでの戴冠を必要とし、教皇との関係を良好に維持
 するためにイタリア経営が国内の分裂を強めた。
 
  このような中で、コンラート4世の死によってホーエンシュタウフェン朝が
 断絶すると、1256年から73年にかけては事実上皇帝が不在となる大空位時代と
 なりった。1273年にはハプスブルク家のルドルフ1世が即位することで空位時
 代は終結したが、相変わらず皇帝権は弱体であった。1356年、皇帝カール4世
 は金印勅書(黄金文書)を発布して皇帝選出権者をを7選帝侯に認めた。ドイ
 ツ国内では諸侯や自由都市などの支配する領邦が事実上の独立国のような形で
 存続し、それらが地域的な権力として19世紀まで残り続けたため、これがドイ
 ツの統一と近代化を大きく遅らせる要因となった。統一が遅れたドイツは植民
 地獲得競争で後れをとり、第一次世界大戦の遠因ともなった。1438年以降、皇
 帝は歴代オーストリアのハプスブルク家が世襲した。
 
  12世紀頃から、ドイツでは東方植民活動が展開された。まず、エルベ川以東
 のスラヴ人居住地域への植民を開始し、その地域に移住した農民を優遇するな
 どしてその領域を広げた。さらに13世紀には、十字軍時に結成されたドイツ騎
 士団によるプロセイン地方(バルト海沿岸)への進出もはじまり、ブランデン
 ブルク辺境伯領やドイツ騎士団領などが形成された。一方このころ、その周辺
 地域では、ポーランドとリトアニアが合併してヤゲヴォ朝となり、ノルウェ
 ー・デンマーク・スウェーデンの三国がカルマル同盟を結成した。
 
  ハプスブルク家が支配していた神聖ローマ領のスイスでは、13世紀末から独
 立運動を展開して14世紀には自治権が承認され、1488年には事実上の独立を達
 成した。1648年ウエストファリア条約で独立が正式に承認された。
 
  中世のイタリアは国土を南北に分断されていた。南イタリアでは外国諸勢力
 の支配と交代が続き、外国王朝に翻弄された。12世紀、ノルマン人のルッジ
 ェーロ2世がイスラム勢力を駆逐して両シチリア王国を建国したが、その後も
 次々に支配者が交替した。13世紀末に両シチリア王国では反乱は起こり、それ
 を期にナポリとシチリアに分裂し、その後再び併合された。このように様々な
 外国勢力による統治が続いたことは南イタリアの発展を阻害し、南イタリアの
 後進性の原因ともなった。
 
  一方、北イタリアでは経済的実力を持つ諸都市国家が併存し、さらにそこに
 ドイツ皇帝やフランス勢力が介入して、教皇党(ゲルフ)と皇帝党(ギベリ
 ン)の慢性的な抗争が続いた。北イタリアの有力な都市、勢力として、地中海
 貿易の根拠地であったヴェネツィア、金融と毛織物で繁栄したフィレンツェ、
 ロンバルディア同盟盟主のミラノ、そして教皇領などがあった。
 
 
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 2カッコ抜き
 
 スペインとポルトガル
 
  イベリア半島では、8世紀にイスラム勢力が侵入して( 1 )王国が滅亡
 して以後、イスラム王朝による支配が続いた。しかし、キリスト教勢力の
 ( 2 )によって徐々にイスラム勢力は南へと縮小され、西北部にはキリス
 ト教国家が成立した。12世紀、半島北部には東から順に( 3 )・( 4 )
 ・( 5 )の3ヶ国が並びたち、1469年にアラゴンの王子フェルナンドとカ
 スティリヤの王女イサベルが結婚して、1479年にはアラゴンとカスティリヤを
 あわせてスペインが成立した。さらに、1492年にはナスル朝最後の拠点であっ
 た( 6 )が陥落し、イベリア半島のイスラム勢力は完全に駆逐されてレコ
 ンキスタが完成した。
 
  レコンキスタ完成後、スペインは中央集権的な国家体制を整備して封建諸侯
 を抑圧した。一方で宗教的な統一も図り、教会を国王の直轄下に置いたり異端
 尋問(宗教裁判)を利用するなどして国家のカトリック化をはかった。また、
 スペインは新航路の開拓に特に力を入れ、新大陸を発見して領有し、アジア貿
 易への進出も行った。
 
  ポルトガルは1139年にカスティリヤから独立し、15世紀には集権国家として
 の体裁を整えた。15世紀末期に( 7 )のもとで王権の伸張と強化が図ら
 れ、( 8 )航海王子の下で新航路の開拓が行われた。そして、ポルトガル
 は東回りルートでのインド航路を開拓した。
 
 
 ドイツとイタリア
 
  ドイツでは、皇帝権が弱体であったのに対して封建諸侯の勢力は強かったか
 ら、国内は実質的に分裂状態が続いていた。強力な力を持つ諸侯は選挙王政を
 実施し、政治は皇帝と諸侯の妥協のもとで行われていたとも言える。さらに、
 聖職叙任権闘争以来、教会勢力と皇帝との結合は弱まっていた。一方で、歴代
 皇帝は即位にあたってローマでの戴冠を必要とし、教皇との関係を良好に維持
 するためにイタリア経営が国内の分裂を強めた。
 
  このような中で、コンラート4世の死によってホーエンシュタウフェン朝が
 断絶すると、1256年から73年にかけては事実上皇帝が不在となる( 9 )時
 代となりった。1273年にはハプスブルク家のルドルフ1世が即位することで空
 位時代は終結したが、相変わらず皇帝権は弱体であった。1356年、皇帝カール
 4世は( 10 )を発布して皇帝選出権者をを7選帝侯に認めた。ドイツ国内
 では諸侯や自由都市などの支配する領邦が事実上の独立国のような形で存続
 し、それらが地域的な権力として19世紀まで残り続けたため、これがドイツの
 統一と近代化を大きく遅らせる要因となった。統一が遅れたドイツは植民地獲
 得競争で後れをとり、第一次世界大戦の遠因ともなった。1438年以降、皇帝は
 歴代オーストリアのハプスブルク家が世襲した。
 
  12世紀頃から、ドイツでは東方植民活動が展開された。まず、エルベ川以東
 のスラヴ人居住地域への植民を開始し、その地域に移住した農民を優遇するな
 どしてその領域を広げた。さらに13世紀には、十字軍時に結成された( 11 )
 によるプロセイン地方(バルト海沿岸)への進出もはじまり、ブランデンブル
 ク辺境伯領やドイツ騎士団領などが形成された。一方このころ、その周辺地域
 では、ポーランドとリトアニアが合併して( 12 )朝となり、ノルウェー・
 デンマーク・スウェーデンの三国が( 13 )同盟を結成した。
 
  ハプスブルク家が支配していた神聖ローマ領のスイスでは、13世紀末から独
 立運動を展開して14世紀には自治権が承認され、1488年には事実上の独立を達
 成した。1648年( 14 )条約で独立が正式に承認された。
 
  中世のイタリアは国土を南北に分断されていた。南イタリアでは外国諸勢力
 の支配と交代が続き、外国王朝に翻弄された。12世紀、ノルマン人の( 15 )
 がイスラム勢力を駆逐して両シチリア王国を建国したが、その後も次々に支配
 者が交替した。13世紀末に両シチリア王国では反乱は起こり、それを期にナポ
 リとシチリアに分裂し、その後再び併合された。このように様々な外国勢力に
 よる統治が続いたことは南イタリアの発展を阻害し、南イタリアの後進性の原
 因ともなった。
 
  一方、北イタリアでは経済的実力を持つ諸都市国家が併存し、さらにそこに
 ドイツ皇帝やフランス勢力が介入して、教皇党(( 16 ))と皇帝党
 (( 17 ))の慢性的な抗争が続いた。北イタリアの有力な都市、勢力とし
 て、地中海貿易の根拠地であったヴェネツィア、金融と毛織物で繁栄したフィ
 レンツェ、ロンバルディア同盟盟主のミラノ、そして教皇領などがあった。
 
 
 
 解答
 1:西ゴート   2:レコンキスタ(国土回復運動)   3:アラゴン
 4:カスティリヤ   5:ポルトガル   6:グラナダ
 7:ジョアン2世   8:エンリケ   9:大空位
 10:金印勅書(黄金文書)   11:ドイツ騎士団   12:ヤゲヴォ
 13:カルマル   14:ウエストファリア   15:ルッジェーロ2世
 16:ゲルフ   17:ギベリン
 
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 3一問一答
 
 1:金印勅書(黄金文書)を発布した皇帝は誰か
 2:金印勅書によって皇帝選出権を与えられた者を何というか
 
 解答
 1:カール4世
 2:選帝侯
 
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