トップページ   更新履歴 |  文書年表試験 |  メルマガ |  変換辞書 |  サポート |  ダウンロード |  リンク   サイト内検索 
所在地:ドキュメントルートメールマガジンセンターバックナンバー→世界史猛特訓第 48 号直前の目次に戻る




前の号へ    目次へ戻る    次の号へ





 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
 
 世界史猛特訓  第 48 号        バックナンバー配送バージョン
 
 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
 
 #この文書は「世界史猛特訓」のバックナンバーです。今までに配送し
 #てきたものを、そのままの形で配送しています。
 
 このメールは表示幅を71桁以上にしてご覧頂くと快適にお読み頂けます
 
 
 もくじ
 1------本文
 2------カッコ抜き問題
 3------一問一答
 4------ご案内
 5------連絡先など
 
 
 メールマガジンについての詳細情報は
 http://www.sekaishi.com/support/
 からどうぞ。
 
 ************************************************************* 
 1本文
 
 スラヴ民族
 
  スラヴ民族は西スラヴ、南スラヴ、東スラヴの3系統にわかれる。ここで、
 スラヴ民族を系統別に見ていく。
 
  西スラヴ族にはポーランド人やチェック人が属している。西スラヴは居住地
 が西欧に近かったために西欧文化の影響を受け、ローマ=カトリックに改宗し
 たり、文字にローマ字系のものを用いるなど、西欧的な文化を形成した。その
 一方で、西スラヴの居住する地域は常に近隣の強国の影響を受けており、その
 地位は不安定であった。
 
  ポーランド人は10世紀に自立してポーランド王国を建国した。13世紀、モン
 ゴルが侵入してワールシュタッドの戦いがおこるが、占領はされなかった。
 14世紀前半、カジミェシュ(カシミール)大王の時代にポーランド王国は全盛
 期を迎えた。カジミェシュはポーランド最古の大学であるクラクフ大学を設立
 するなど、文化的功績もあった。しかし、十字軍時に結成されたドイツ騎士団
 の植民活動におびやかされ、14世紀後半、リトアニアとポーランドは合併して
 ヤゲヴォ朝となり、ドイツ騎士団の東進に対抗した。15世紀、ヤゲヴォ朝は東
 欧の強国として発展したが、16世紀になると諸侯の台頭と国内対立によって次
 第に衰退、分裂し、ポーランド分割によりポーランドは地図上から姿を消し
 た。
 
  チェック人は9世紀にモラヴィア王国を建国したが、10世紀のマジャール人
 侵攻によって解体されてしまった。その後、チェック人はベーメン(ボヘミ
 ア)王国を建国したが、11世紀半ばには神聖ローマ帝国に編入されてた。その
 後、神聖ローマ帝国支配が長く続いた。15世紀、ウィクリフの思想に共鳴した
 フスは、宗教改革の先駆者として当時の教会のあり方を批判したが、コンスタ
 ンツの公会議で異端とされ、処刑されてた。この処刑に対してベーメンのチェ
 ック人は蜂起し、フス戦争が起こった。
 
  南スラブ族にはブルガール人やセルビア人が属している。南スラヴ人はバル
 カン半島方面に南下した。ブルガール人は南スラブ人とアジア系民族(マ
 ジャール人か)とが融合した人種である。11世紀頃からはビザンツ帝国に服属
 するが、12世紀後半にビザンツの衰退に伴って独立を回復した。一方、セルビ
 ア人は11世紀半ばには自立し、14世紀にはセルビア王国としてバルカン半島全
 土を支配するに至った。14世紀後半にはブルガール人も支配下に置いた。ビザ
 ンツの滅亡と前後して、この地域はオスマン=トルコの領土となるが、ミッレ
 ト制による寛容な支配体制のために民族の独自性は維持された。
 
  ロシア人を主とする東スラヴは、9世紀にノブゴルド国とキエフ公国とを建
 てたノルマン人がスラブ化した民族である。10世紀、キエフ公国のウラディミ
 ル1世がビザンツに接近して皇帝の妹と結婚し、11世紀後半にはギリシア正教
 が国教化された。また、政治体制にビザンツ風の専制政治が導入されるなど、
 様々な分野でビザンツ帝国の影響を大きく受けた。12世紀に入ると多数の諸侯
 が分立するようになり、国家としての統合形態は失われていった。13世紀、モ
 ンゴルのバトゥが侵攻し、キプチャク=ハン国が建国されてモンゴルの支配が
 続いた。15世紀後半、イヴァン3世がモンゴルから自立し、ロシアを「タター
 ルのくびき」から解放した。さらに、北東ロシアを統一し、ロシア皇帝は滅亡
 後のビザンツ皇帝の後継者を自認するようになった。16世紀、雷帝と言われた
 イヴァン4世は皇帝の称号として「ツァーリ」を正式に採用した。彼の時代に
 は農奴制も強化され、その後のロシア帝国の基礎が固められた。
 
 
 *************************************************************
 2カッコ抜き
 
 スラヴ民族
 
  スラヴ民族は西スラヴ、南スラヴ、東スラヴの3系統にわかれる。ここで、
 スラヴ民族を系統別に見ていく。
 
  西スラヴ族には( 1 )人や( 2 )人が属している。西スラヴは居住
 地が西欧に近かったために西欧文化の影響を受け、( 3 )に改宗したり、
 文字にローマ字系のものを用いるなど、西欧的な文化を形成した。その一方
 で、西スラヴの居住する地域は常に近隣の強国の影響を受けており、その地位
 は不安定であった。
 
  ポーランド人は10世紀に自立してポーランド王国を建国した。13世紀、モン
 ゴルが侵入してワールシュタッドの戦いがおこるが、占領はされなかった。14
 世紀前半、( 4 )大王の時代にポーランド王国は全盛期を迎えた。カジミ
 ェシュはポーランド最古の大学であるクラクフ大学を設立するなど、文化的功
 績もあった。しかし、十字軍時に結成されたドイツ騎士団の植民活動におびや
 かされ、14世紀後半、リトアニアとポーランドは合併して( 5 )となり、
 ドイツ騎士団の東進に対抗した。15世紀、ヤゲヴォ朝は東欧の強国として発展
 したが、16世紀になると諸侯の台頭と国内対立によって次第に衰退、分裂し、
 ポーランド分割によりポーランドは地図上から姿を消した。
 
  チェック人は9世紀にモラヴィア王国を建国したが、10世紀のマジャール人
 侵攻によって解体されてしまった。その後、チェック人は( 6 )王国を建
 国したが、11世紀半ばには神聖ローマ帝国に編入されてた。その後、神聖ロー
 マ帝国支配が長く続いた。15世紀、ウィクリフの思想に共鳴した( 7 )
 は、宗教改革の先駆者として当時の教会のあり方を批判したが、コンスタンツ
 の公会議で異端とされ、処刑されてた。この処刑に対してベーメンのチェック
 人は蜂起し、フス戦争が起こった。
 
  南スラブ族には( 8 )人やスラヴ化されたブルガール人が属している。
 南スラヴ人はバルカン半島方面に南下した。ブルガール人は11世紀頃からビザ
 ンツ帝国に服属するが、12世紀後半にビザンツの衰退に伴って独立を回復し
 た。一方、セルビア人は11世紀半ばには自立し、14世紀にはセルビア王国とし
 てバルカン半島を支配するに至った。14世紀後半にはブルガール人も支配下に
 置いた。ビザンツの滅亡と前後して、この地域は( 9 )の領土となるが、
 ( 10 )制による寛容な支配体制のために民族の独自性は維持された。
 
  ロシア人を主とする東スラヴは、9世紀にノブゴルド国とキエフ公国とを建
 てたノルマン人がスラブ化した民族である。10世紀、キエフ公国の( 11 )
 がビザンツに接近して皇帝の妹と結婚し、11世紀後半にはギリシア正教が国教
 化された。また、政治体制にビザンツ風の専制政治が導入されるなど、様々な
 分野でビザンツ帝国の影響を大きく受けた。12世紀に入ると多数の諸侯が分立
 するようになり、国家としての統合形態は失われていった。13世紀、モンゴル
 のバトゥが侵攻し、( 12 )国が建国されてモンゴルの支配が続いた。15世
 紀後半、( 13 )がモンゴルから自立し、ロシアを「タタールのくびき」か
 ら解放した。さらに、北東ロシアを統一し、ロシア皇帝は滅亡後のビザンツ皇
 帝の後継者を自認するようになった。16世紀、雷帝と言われた( 14 )は皇
 帝の称号として「ツァーリ」を正式に採用した。彼の時代には農奴制も強化さ
 れ、その後のロシア帝国の基礎が固められた。
 
 
 
 解答
 1・2:ポーランド/チェック(順不同)   3:ローマ=カトリック
 4:カジミェシュ(カシミール)   5:ヤゲヴォ朝
 6:ベーメン(ボヘミア)   7:フス   8:セルビア
 9:オスマン=トルコ   10:ミッレト   11:ウラディミル1世
 12:キプチャク=ハン   13:イヴァン3世   14:イヴァン4世
 
 
 *************************************************************
 3一問一答
 
 1:フスの思想に影響を与えたイギリスの神学者は誰か
 2:フスを異端として火あぶりに処すことを決めた会議は何か
 3:イヴァン3世が用い、イヴァン4世によって正式に採用された
   ロシア皇帝の称号を何というか。
 
 
 解答
 1:ウィクリフ
 2:コンスタンツの公会議
 3:ツァーリ
 
 *************************************************************
 4ご案内
 
 
 ====メールマガジン関連のご案内====
 
 ここに掲載する内容は正誤を確認してはおりますが、大量の資料を扱うため
 予期せずに間違いが流れてしまうことがあります。間違いを発見なさった方
 はwebmaster@sekaishi.comまでご連絡いただきたいと思います。また、
 致命的な間違いは、発見され次第、訂正版をお送りいたします。
 
 このメールマガジン内で記述された会社名・商品名は、各社の商標または登
 録商標です。
 
 
 ※このメールマガジンに起因するいかなる損害も作者は保証いたしません
 
 ※このメールマガジンに関し、編集・発行者は著作権を主張します。
 ※詳しくは、http://www.sekaishi.com/support/author.html
 ※の「著作権について」をご覧下さい。
 
 
 ====ウェブサイトのご案内====
 
 メールマガジン登録・解除(機能的です)
 http://www.sekaishi.com/mailmag/tokai.html
 
 掲示板(暫定運営中)
 http://www.sekaishi.com/bbs/
 
 
 バックナンバー集(全てのバックナンバーを一覧できます)
 http://www.sekaishi.com/mailmag/sekamo/
 
 更新情報
 http://www.sekaishi.com/whatsnew.html
 
 中国歴史用語変換辞書for ATOK9/ATOK11(日本語変換ライブラリ)
 http://www.sekaishi.com/im/
 
 *「ATOK」は株式会社ジャストシステムの登録商標です。
 *************************************************************
 
 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
 
 編集・発行:世界史猛特訓製作委員会
       The World History
 連絡先:webmaster@sekaishi.com
 ホーム:http://www.sekaishi.com/
 メルマガの登録・解除、バックナンバーのページ等があります。
 
 このメールマガジンの著作権は編集・発行人が保持しています。
 (c) 1998-2002 世界史猛特訓製作委員会
               The World History
 -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
























































前の号へ    目次へ戻る    次の号へ



所在地:ドキュメントルートメールマガジンセンターバックナンバー→世界史猛特訓第 48 号直前の目次に戻る
 トップページ   更新履歴 |  文書年表試験 |  メルマガ |  変換辞書 |  サポート |  ダウンロード |  リンク   サイト内検索 
(c) 1998-2002 The World History all rights reserved
ご意見・ご感想は webmaster@sekaishi.comまで