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世界史猛特訓 第 48 号 バックナンバー配送バージョン
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もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
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1本文
スラヴ民族
スラヴ民族は西スラヴ、南スラヴ、東スラヴの3系統にわかれる。ここで、
スラヴ民族を系統別に見ていく。
西スラヴ族にはポーランド人やチェック人が属している。西スラヴは居住地
が西欧に近かったために西欧文化の影響を受け、ローマ=カトリックに改宗し
たり、文字にローマ字系のものを用いるなど、西欧的な文化を形成した。その
一方で、西スラヴの居住する地域は常に近隣の強国の影響を受けており、その
地位は不安定であった。
ポーランド人は10世紀に自立してポーランド王国を建国した。13世紀、モン
ゴルが侵入してワールシュタッドの戦いがおこるが、占領はされなかった。
14世紀前半、カジミェシュ(カシミール)大王の時代にポーランド王国は全盛
期を迎えた。カジミェシュはポーランド最古の大学であるクラクフ大学を設立
するなど、文化的功績もあった。しかし、十字軍時に結成されたドイツ騎士団
の植民活動におびやかされ、14世紀後半、リトアニアとポーランドは合併して
ヤゲヴォ朝となり、ドイツ騎士団の東進に対抗した。15世紀、ヤゲヴォ朝は東
欧の強国として発展したが、16世紀になると諸侯の台頭と国内対立によって次
第に衰退、分裂し、ポーランド分割によりポーランドは地図上から姿を消し
た。
チェック人は9世紀にモラヴィア王国を建国したが、10世紀のマジャール人
侵攻によって解体されてしまった。その後、チェック人はベーメン(ボヘミ
ア)王国を建国したが、11世紀半ばには神聖ローマ帝国に編入されてた。その
後、神聖ローマ帝国支配が長く続いた。15世紀、ウィクリフの思想に共鳴した
フスは、宗教改革の先駆者として当時の教会のあり方を批判したが、コンスタ
ンツの公会議で異端とされ、処刑されてた。この処刑に対してベーメンのチェ
ック人は蜂起し、フス戦争が起こった。
南スラブ族にはブルガール人やセルビア人が属している。南スラヴ人はバル
カン半島方面に南下した。ブルガール人は南スラブ人とアジア系民族(マ
ジャール人か)とが融合した人種である。11世紀頃からはビザンツ帝国に服属
するが、12世紀後半にビザンツの衰退に伴って独立を回復した。一方、セルビ
ア人は11世紀半ばには自立し、14世紀にはセルビア王国としてバルカン半島全
土を支配するに至った。14世紀後半にはブルガール人も支配下に置いた。ビザ
ンツの滅亡と前後して、この地域はオスマン=トルコの領土となるが、ミッレ
ト制による寛容な支配体制のために民族の独自性は維持された。
ロシア人を主とする東スラヴは、9世紀にノブゴルド国とキエフ公国とを建
てたノルマン人がスラブ化した民族である。10世紀、キエフ公国のウラディミ
ル1世がビザンツに接近して皇帝の妹と結婚し、11世紀後半にはギリシア正教
が国教化された。また、政治体制にビザンツ風の専制政治が導入されるなど、
様々な分野でビザンツ帝国の影響を大きく受けた。12世紀に入ると多数の諸侯
が分立するようになり、国家としての統合形態は失われていった。13世紀、モ
ンゴルのバトゥが侵攻し、キプチャク=ハン国が建国されてモンゴルの支配が
続いた。15世紀後半、イヴァン3世がモンゴルから自立し、ロシアを「タター
ルのくびき」から解放した。さらに、北東ロシアを統一し、ロシア皇帝は滅亡
後のビザンツ皇帝の後継者を自認するようになった。16世紀、雷帝と言われた
イヴァン4世は皇帝の称号として「ツァーリ」を正式に採用した。彼の時代に
は農奴制も強化され、その後のロシア帝国の基礎が固められた。
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2カッコ抜き
スラヴ民族
スラヴ民族は西スラヴ、南スラヴ、東スラヴの3系統にわかれる。ここで、
スラヴ民族を系統別に見ていく。
西スラヴ族には( 1 )人や( 2 )人が属している。西スラヴは居住
地が西欧に近かったために西欧文化の影響を受け、( 3 )に改宗したり、
文字にローマ字系のものを用いるなど、西欧的な文化を形成した。その一方
で、西スラヴの居住する地域は常に近隣の強国の影響を受けており、その地位
は不安定であった。
ポーランド人は10世紀に自立してポーランド王国を建国した。13世紀、モン
ゴルが侵入してワールシュタッドの戦いがおこるが、占領はされなかった。14
世紀前半、( 4 )大王の時代にポーランド王国は全盛期を迎えた。カジミ
ェシュはポーランド最古の大学であるクラクフ大学を設立するなど、文化的功
績もあった。しかし、十字軍時に結成されたドイツ騎士団の植民活動におびや
かされ、14世紀後半、リトアニアとポーランドは合併して( 5 )となり、
ドイツ騎士団の東進に対抗した。15世紀、ヤゲヴォ朝は東欧の強国として発展
したが、16世紀になると諸侯の台頭と国内対立によって次第に衰退、分裂し、
ポーランド分割によりポーランドは地図上から姿を消した。
チェック人は9世紀にモラヴィア王国を建国したが、10世紀のマジャール人
侵攻によって解体されてしまった。その後、チェック人は( 6 )王国を建
国したが、11世紀半ばには神聖ローマ帝国に編入されてた。その後、神聖ロー
マ帝国支配が長く続いた。15世紀、ウィクリフの思想に共鳴した( 7 )
は、宗教改革の先駆者として当時の教会のあり方を批判したが、コンスタンツ
の公会議で異端とされ、処刑されてた。この処刑に対してベーメンのチェック
人は蜂起し、フス戦争が起こった。
南スラブ族には( 8 )人やスラヴ化されたブルガール人が属している。
南スラヴ人はバルカン半島方面に南下した。ブルガール人は11世紀頃からビザ
ンツ帝国に服属するが、12世紀後半にビザンツの衰退に伴って独立を回復し
た。一方、セルビア人は11世紀半ばには自立し、14世紀にはセルビア王国とし
てバルカン半島を支配するに至った。14世紀後半にはブルガール人も支配下に
置いた。ビザンツの滅亡と前後して、この地域は( 9 )の領土となるが、
( 10 )制による寛容な支配体制のために民族の独自性は維持された。
ロシア人を主とする東スラヴは、9世紀にノブゴルド国とキエフ公国とを建
てたノルマン人がスラブ化した民族である。10世紀、キエフ公国の( 11 )
がビザンツに接近して皇帝の妹と結婚し、11世紀後半にはギリシア正教が国教
化された。また、政治体制にビザンツ風の専制政治が導入されるなど、様々な
分野でビザンツ帝国の影響を大きく受けた。12世紀に入ると多数の諸侯が分立
するようになり、国家としての統合形態は失われていった。13世紀、モンゴル
のバトゥが侵攻し、( 12 )国が建国されてモンゴルの支配が続いた。15世
紀後半、( 13 )がモンゴルから自立し、ロシアを「タタールのくびき」か
ら解放した。さらに、北東ロシアを統一し、ロシア皇帝は滅亡後のビザンツ皇
帝の後継者を自認するようになった。16世紀、雷帝と言われた( 14 )は皇
帝の称号として「ツァーリ」を正式に採用した。彼の時代には農奴制も強化さ
れ、その後のロシア帝国の基礎が固められた。
解答
1・2:ポーランド/チェック(順不同) 3:ローマ=カトリック
4:カジミェシュ(カシミール) 5:ヤゲヴォ朝
6:ベーメン(ボヘミア) 7:フス 8:セルビア
9:オスマン=トルコ 10:ミッレト 11:ウラディミル1世
12:キプチャク=ハン 13:イヴァン3世 14:イヴァン4世
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3一問一答
1:フスの思想に影響を与えたイギリスの神学者は誰か
2:フスを異端として火あぶりに処すことを決めた会議は何か
3:イヴァン3世が用い、イヴァン4世によって正式に採用された
ロシア皇帝の称号を何というか。
解答
1:ウィクリフ
2:コンスタンツの公会議
3:ツァーリ
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