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 世界史猛特訓  第 126 号        バックナンバー配送バージョン
 
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 もくじ
 1------本文
 2------カッコ抜き問題
 3------一問一答
 4------ご案内
 5------連絡先など
 
 
 メールマガジンについての詳細情報は
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 からどうぞ。
 
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 1本文
 
 世界恐慌
 
  1920年代のアメリカでは、相次ぐ技術革新によって大量生産大量消費の時代
 が到来した。しかしその一方で、ヨーロッパ農業の復興で農作物の輸出が頭打
 ちとなって農作物価格が下落するなど、農民の購買力は低下していった。労働
 者の賃金上昇率は相対的に低く、消費の伸びにも限界があった。こうした需要
 の縮小に対し、ヨーロッパの復興や増大した生産力は供給を増大させ、受給の
 バランスは崩れはじめていた。こうしたなか、余剰資金がアメリカ市場に流れ
 込んで投機にまわされたために実体と乖離した株価上昇が起こった。
 
  1929年10月24日木曜日、ニューヨーク株式市場の株価が大暴落した。この日
 は暗黒の木曜日と呼ばれ、ここから世界恐慌がはじまった。投資家はアメリカ
 の株式での損失を埋め合わせるためにヨーロッパから資本を引き上げ、これが
 ドイツ経済の崩壊を招いた。経済が崩壊したドイツは賠償金の支払いを停止し
 たから、賠償金を復興の原資としていたイギリスやフランスの景況は急激に悪
 化した。さらに、ロンドン金融市場も崩壊し、イギリスからアメリカに金が大
 量に流出したことをうけて、1931年には金本位制も停止されるに至った。
 
  世界恐慌に対して各国は国際協調の余裕がなく、個別的な対応を行った。各
 国の対応は排他的にならざるを得なかったから、国内の独占資本との結合やブ
 ロック経済の形成、植民地の支配強化などで難局の打開を狙った。その結果、
 植民地に対する締め付けは強まって深刻な影響を及ぼし、民族運動はいっそう
 激しさを増した。植民地や勢力圏の広い国の場合はこうした対策がある程度奏
 効するが、経済基盤の弱かったドイツ・イタリア・日本といった国ではこれも
 不可能であり、結果として国内の全体主義化が進み、侵略戦争へとかりたてら
 れた。
 
  株価の大暴落は銀行の倒産や工業生産の減少、大量の失業者の発生をもたら
 し、各国の生活水準は大きく低下した。さらに、恐慌が世界に及んだことや、
 各国がブロック経済化を強めたことで貿易も不振となり、景気はいっそう悪化
 した。景気が悪化するほど国家や企業は守りの姿勢を強めたため、経済規模の
 縮小が連鎖した。
 
 
 アメリカ
 
  こうした状況に対して、共和党のアメリカ大統領フーヴァーは、当初は自由
 放任主義の立場から自然な景気回復に期待したが、景気は一向に上向かなかっ
 た。1931年9月にフーヴァー=モラトリアムが宣言され、賠償金や戦債の支払
 いが1年間猶予されたが効果はあがらず、1932年のローザンヌ会議ではドイツ
 の賠償金の減額が決まったが、各国の協調による状況改善には至らなかった。
 
  1932年の大統領選挙では、ニューディール政策を掲げた民主党のフランクリ
 ン=ローズヴェルトが当選し、彼は就任直後からそれを実行にうつした。ニ
 ューディールとは「新規巻き直し」という意味で、市場経済の自然な動きに対
 する信頼を放棄し、経済に国家が積極的に介入して統制をはかることで合理的
 な調整を行うというものであった。この目的のために、農業調整法(AAA)
 による作付けの制限と補償金の支給による休耕や、全国産業復興法(NIR
 A)による生産統制と企業競争の排除を行って供給を抑えた。全国産業復興法
 には労働基本権の保障や最低賃金の規定もおかれ、これによって購買力の増進
 も図られた。さらに、TVAに代表される大規模な公共事業を展開して需要の
 拡大と失業対策を展開した。しかし、1937年に再び景気が後退して経済状況が
 悪化し、結局、1939年の第二次世界大戦勃発以降にようやく景気は回復にむ
 かった。
 
  1935年、連邦最高裁で全国産業復興法は経済活動の自由を規定した憲法に違
 反するとの判決が出たため、労働者に関する条項を独立させ、ワグナー法が制
 定された。一連の労働政策の結果、産業別組織会議(CIO)が結成されるな
 ど、労働組合が発展して労働者の利益のための活動が活発化した。また、社会
 政策も強化された。
 
  恐慌期のアメリカは、外交関係の改善を主眼として善隣外交を展開した。
 1933年にソ連を承認し、1934年にはプラット条項を廃してキューバの独立を承
 認した。さらに1935年、フィリピンに自治と10年後の独立を約束した。アメリ
 カの影響が強かったラテン=アメリカ諸国は世界恐慌の波及で大打撃を受け、
 政変や革命が相次ぐなど不安定な情勢に陥った。
 
 
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 2カッコ抜き
 
 
 世界恐慌
 
 (総論部分については、カッコ抜きを省略します)
 
 
 アメリカ
 
  こうした状況に対して、共和党のアメリカ大統領フーヴァーは、当初は自由
 放任主義の立場から自然な景気回復に期待したが、景気は一向に上向かなかっ
 た。1931年9月に( 1 )が宣言され、賠償金や戦債の支払いが1年間猶予
 されたが効果はあがらず、1932年の( 2 )ではドイツの賠償金の減額が決
 まったが、各国の協調による状況改善には至らなかった。
 
  1932年の大統領選挙では、ニューディール政策を掲げた民主党の( 3 )
 が当選し、彼は就任直後からそれを実行にうつした。ニューディールとは「新
 規巻き直し」という意味で、市場経済の自然な動きに対する信頼を放棄し、経
 済に国家が積極的に介入して統制をはかることで合理的な調整を行うというも
 のであった。この目的のために、( 4 )(AAA)による作付けの制限と
 補償金の支給による休耕や、( 5 )(NIRA)による生産統制と企業競
 争の排除を行って供給を抑えた。全国産業復興法には労働基本権の保障や最低
 賃金の規定もおかれ、これによって購買力の増進も図られた。さらに、
 ( 6 )に代表される大規模な公共事業を展開して需要の拡大と失業対策を
 展開した。しかし、1937年に再び景気が後退して経済状況が悪化し、結局、
 1939年の第二次世界大戦勃発以降にようやく景気は回復にむかった。
 
  1935年、連邦最高裁で全国産業復興法は経済活動の自由を規定した憲法に違
 反するとの判決が出たため、労働者に関する条項を独立させ、( 7 )法が
 制定された。一連の労働政策の結果、産業別組織会議(CIO)が結成される
 など、労働組合が発展して労働者の利益のための活動が活発化した。また、社
 会政策も強化された。
 
  恐慌期のアメリカは、外交関係の改善を主眼として( 8 )外交を展開し
 た。1933年にソ連を承認し、1934年にはプラット条項を廃してキューバの独立
 を承認した。さらに1935年、フィリピンに自治と10年後の独立を約束した。ア
 メリカの影響が強かったラテン=アメリカ諸国は世界恐慌の波及で大打撃を受
 け、政変や革命が相次ぐなど不安定な情勢に陥った。
 
 
 1:フーヴァー=モラトリアム   2:ローザンヌ会議
 3:フランクリン=ローズヴェルト   4:農業調整法
 5:全国産業復興法   6:TVA   7:ワグナー   8:善隣
 
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 3一問一答
 
 1:フランクリン=ローズヴェルトが掲げた「新規巻き直し」を意味する政策
   は何か
 2:世界恐慌の発端となった1929年10月24日は何の日とよばれるか。
 3:世界恐慌発生時のアメリカ大統領は誰か
 4:アメリカのソ連承認はいつか。
 
 解答
 1:ニューディール政策
 2:暗黒の木曜日
 3:フーヴァー
 4:1933年
 
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 4ご案内
 
 
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