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世界史猛特訓 第 124 号 バックナンバー配送バージョン
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もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
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1本文
モンゴル
モンゴルは、1911年に辛亥革命を契機に中国からの独立を宣言した。その
後、中国が支配の奪回を狙って進出してきたが、チョイバルサンの指導下でモ
ンゴル人民革命党が結成され、ソ連の援助により革命政府が樹立された。1924
年、アジア初の社会主義国家であるモンゴル人民共和国が成立した。
朝鮮半島
1910年の日韓併合後、日本は総督府の支配を通じて抗日運動を武力で鎮圧
し、武断政治を行った。このために反日感情が増幅し、1919年3月1日に独立
宣言の発表や大規模な示威運動をを伴った三・一運動がおこり、示威運動が全
国に波及したが、日本はこれらを武力鎮圧した。その後、日本の支配はいくぶ
ん緩やかになったが、朝鮮半島の独立を目指す民族運動は相次いだ。1919年、
亡命活動家の李承晩らによって大韓民国臨時政府が上海で組織された。
インド
第一次世界大戦中、イギリスはインドに戦後の自治を約束し、インドはイギ
リスに多くの兵員と物資を供給した。戦争の長期化はインドにも重い負担とな
ったため、イギリスからの独立を求める声は増大した。また、大戦を通じて民
族資本の形成も見られるようになり、こうしたところからも独立の要求は強ま
った。戦争終結後、イギリスはインドの自治を認めず、1919年3月にはローラ
ット法を施行して民族運動を徹底的弾圧した。4月、反英集会にイギリス軍が
発砲して多数の死傷者を出したアムリットサル事件が起こり、インドの反英感
情は増大した。12月、インド統治法が発布されたが、その内容は自治に逆行す
るものであった。
こうしたイギリスの姿勢に対し、国民会議は指導者ガンディーはサティヤー
グラハ運動を提唱し、実行した。サティヤーグラハ運動は、納税拒否や職場放
棄、イギリス製品のボイコットといった、非暴力・不服従によるものであっ
た。ガンディーは全インドムスリム連盟とも提携してこの運動を推進し、全国
的な規模で行われるようになった。しかし、この運動が次第に過激化したこと
から、ガンディーは運動の停止を宣言した。イギリスの分割統治策によるヒン
ドゥーとイスラムの対立やガンディーの逮捕なども重なって、その後の運動は
停滞した。
1929年、世界恐慌が発生するとその影響はイギリスのしわ寄せとしてインド
にも及んだ。同年、国民会議ラホール大会では、ネルーらの主導によってプー
ルナ=スワラージ(完全独立)の宣言が行われた。1930年、ガンディーはイギ
リスの製塩禁止法に対抗するために塩の行進を行い、第二次サティヤーグラハ
運動が展開された。
こうした民族運動に対し、イギリスは議会指導者の逮捕やヒンドゥーとイス
ラムの分断などの強攻策をとる一方、1930年からの英印円卓会議を開催するな
ど妥協も探るが、英印円卓会議は物別れに終わった。1935年、新インド統治法
が制定され、部分的な自治と連邦制の採用などが定められた。
トルコ
第一次世界大戦後、トルコはセーヴル条約によって解体され、中東地域には
イギリスとフランスの勢力下に入った。トルコから分離された国は政治的な独
立は承認されたが、軍事や外交といった実権はイギリスやフランスが握り、欧
米の石油資本が進出するなど、植民地状態であった。こうした地域では、民族
運動が高まった。
トルコ自身も領域を大幅に縮小されて財政への列国の干渉を受けるなど、植
民地化寸前の状態になっていた。こうした状況に対し、ムスタファ=ケマルは
トルコ国民党を組織してアンカラに新政府を樹立し、セーヴル条約に反対して
ギリシアと戦った。これに勝利したトルコは、ローザンヌ条約によりイズミル
の回復を果たした。
1922年、トルコはスルタン制を廃止したためオスマン朝は滅亡し、翌1923
年、アンカラを首都とするトルコ共和国が成立した。トルコ共和国の大統領に
就任したムスタファ=ケマルは、ローザンヌ条約で領土の回復のほか、治外法
権と関税自主権の回復、列国の財政管理の廃止などを実現した。1924年、国民
主権や婦人参政権を盛り込んだ共和国憲法が発布され、カリフ制も廃止され
た。1925年、イスラム教の非国教化で政教分離がなされ、トルコ語のローマ字
表記など近代化に向けた諸政策が実施された。
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2カッコ抜き
モンゴル
モンゴルは、1911年に辛亥革命を契機に中国からの独立を宣言した。その
後、中国が支配の奪回を狙って進出してきたが、( 1 )の指導下でモンゴ
ル人民革命党が結成され、ソ連の援助により革命政府が樹立された。1924年、
アジア初の社会主義国家であるモンゴル人民共和国が成立した。
朝鮮半島
1910年の日韓併合後、日本は総督府の支配を通じて抗日運動を武力で鎮圧
し、武断政治を行った。このために反日感情が増幅し、1919年に独立宣言の発
表や大規模な示威運動をを伴った( 2 )がおこり、示威運動が全国に波及
したが、日本はこれらを武力鎮圧した。その後、日本の支配はいくぶん緩やか
になったが、朝鮮半島の独立を目指す民族運動は相次いだ。1919年、亡命活動
家の李承晩らによって大韓民国臨時政府が上海で組織された。
インド
第一次世界大戦中、イギリスはインドに戦後の自治を約束し、インドはイギ
リスに多くの兵員と物資を供給した。戦争の長期化はインドにも重い負担とな
ったため、イギリスからの独立を求める声は増大した。また、大戦を通じて民
族資本の形成も見られるようになり、こうしたところからも独立の要求は強ま
った。戦争終結後、イギリスはインドの自治を認めず、1919年3月には
( 3 )を施行して民族運動を徹底的弾圧した。4月、反英集会にイギリス
軍が発砲して多数の死傷者を出した( 4 )事件が起こり、インドの反英感
情は増大した。12月、( 5 )法が発布されたが、その内容は自治に逆行す
るものであった。
こうしたイギリスの姿勢に対し、国民会議は指導者( 6 )はサティヤー
グラハ運動を提唱し、実行した。サティヤーグラハ運動は、納税拒否や職場放
棄、イギリス製品のボイコットといった、非暴力・不服従によるものであっ
た。ガンディーは全インドムスリム連盟とも提携してこの運動を推進し、全国
的な規模で行われるようになった。しかし、この運動が次第に過激化したこと
から、ガンディーは運動の停止を宣言した。イギリスの分割統治策によるヒン
ドゥーとイスラムの対立やガンディーの逮捕なども重なって、その後の運動は
停滞した。
1929年、世界恐慌が発生するとその影響はイギリスのしわ寄せとしてインド
にも及んだ。同年、国民会議ラホール大会では、( 7 )らの主導によって
プールナ=スワラージ(完全独立)の宣言が行われた。1930年、ガンディーは
イギリスの製塩禁止法に対抗するために塩の行進を行い、第二次サティヤーグ
ラハ運動が展開された。
こうした民族運動に対し、イギリスは議会指導者の逮捕やヒンドゥーとイス
ラムの分断などの強攻策をとる一方、1930年からの( 8 )を開催するなど
妥協も探るが、英印円卓会議は物別れに終わった。1935年、( 9 )法が制
定され、部分的な自治と連邦制の採用などが定められた。
トルコ
第一次世界大戦後、トルコは( 10 )条約によって解体され、中東地域に
はイギリスとフランスの勢力下に入った。トルコから分離された国は政治的な
独立は承認されたが、軍事や外交といった実権はイギリスやフランスが握り、
欧米の石油資本が進出するなど、植民地状態であった。こうした地域では、民
族運動が高まった。
トルコ自身も領域を大幅に縮小されて財政への列国の干渉を受けるなど、植
民地化寸前の状態になっていた。こうした状況に対し、( 11 )はトルコ国
民党を組織してアンカラに新政府を樹立し、セーヴル条約に反対してギリシア
と戦った。これに勝利したトルコは、( 12 )条約によりイズミルの回復を
果たした。
1922年、トルコはスルタン制を廃止したためオスマン朝は滅亡し、翌1923
年、アンカラを首都とする( 13 )が成立した。トルコ共和国の大統領に就
任した( 11 )は、ローザンヌ条約で領土の回復のほか、治外法権と関税自
主権の回復、列国の財政管理の廃止などを実現した。1924年、国民主権や婦人
参政権を盛り込んだ共和国憲法が発布され、カリフ制も廃止された。1925年、
イスラム教の非国教化で政教分離がなされ、トルコ語のローマ字表記など近代
化に向けた諸政策が実施された。
解答
1:チョイバルサン 2:三・一運動 3:ローラット法
4:アムリットサル 5:インド統治 6:ガンディー
7:ネルー 8:英印円卓会議 9:新インド統治
10:セーヴル 11:ムスタファ=ケマル 12:ローザンヌ
13:トルコ共和国
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3一問一答
1:ガンディーが推進した非暴力不服従による運動を何というか
2:インド国民会議ラホール大会で採択された完全独立を意味する方針を何と
いうか。
3:トルコ共和国の首都はどこか。
解答
1:サティヤーグラハ運動
2:プールナ=スワラージ
3:アンカラ
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