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世界史猛特訓 第 122 号 バックナンバー配送バージョン
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もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
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1本文
東欧
第一次世界大戦後の東ヨーロッパでは、ロシア帝国・ドイツ帝国・オースト
リア=ハンガリー帝国が解体されて多くの新興国が生まれた。それらは独立国
にはなったものの、産業の発達が遅れた農業国がほとんどで、列強の意思に
よって民族分布を無視した国境設定がなされたため、国内に多くの問題を残し
た。また、民主政治の伝統がなかったため、その多くが独裁政に移行した。
ポーランドは、大戦終了直後にソ連と戦争を行い、領域を拡大した。しか
し、政情は不安定で、やがてクーデターが起きて独裁に移行した。オーストリ
ア=ハンガリー帝国の分割で大幅に領土を縮小されて再出発したハンガリーで
は、1919年に社会主義革命が起こるが政権は崩壊し、1920年に王政が成立し
た。チェコスロヴァキアでは従来から工業化が進んでおり、政情も安定して、
マサリクやベネシュの下で民主政が行われた。
イタリア
イタリアは、第一次世界大戦で協商側にたって参戦して戦勝国となり、チロ
ルとトリエステの返還を実現したが、フィウメは併合できず、新たな領土を得
ることができなかった。また、財政は破綻状態となったほか、ソ連の革命の影
響を受けて共産党などの左翼勢力の伸張も見られ、生活の困窮や政治への不満
から工場や土地の占拠が相次いだ。
こうしたなか、ミラノでムッソリーニがファッショ団を結成し、左翼に対す
る暴力的な攻撃を行うようになった。1921年、ファッショ団は国家ファシスト
党へと改組され、社会主義の拡大をおそれて革命を嫌う層から支持を得て勢力
を拡大した。1922年、ムッソリーニはローマ進軍を行い、戦闘員を大動員して
その勢力を示した。政府はこれに反発して国王に戒厳令の発令を求めたが、国
王はこれを拒否してムッソリーニを首相に任命したため、ファシスト党内閣が
成立した。
1922年に成立したファシスト党内閣は、1923年に新選挙法を制定し、翌年の
選挙では議会の多数を占めた。その後、1928年にかけて政権を担い、この間フ
ィウメの併合やアルバニアの保護国化などを行って国威を発揚し、国民の支持
を獲得した。さらに、ファシスト党以外の政党の解体と、言論・出版の統制を
行い、1928年、ファシズム大評議会を国家の最高機関として独裁体制を確立し
た。ファシスト党の独裁下でイタリア国民の自由権は制限を受けたが、一方で
1929年、ラテラン条約でヴァチカン市国の成立を認め、教皇庁と和解すると
いった成果もあげた。
ソ連
1922年12月、ロシア・ウクライナ・白ロシア・ザカフカスが共同して成立し
たソヴィエト社会主義共和国連邦では、1922年にスターリンが党書記長に就任
した。1924年のレーニン死去以降、一国社会主義を主張したスターリンと、世
界革命を主張するトロツキーとの対立が表面化した。共産党内では、争いの結
果スターリンが権力を掌握し、反対派は次々と粛清されて、1929年には独裁的
な指導体制を築いた。
干渉戦争後のソ連は、コミンテルンによる世界革命から諸国との関係改善を
目指した。1922年にドイツと結んだラパロ条約で欧米諸国からはじめて承認を
得て、1924年にはイギリス・フランス・イタリアと次々に承認された。最後に
残ったアメリカも1933年にソ連を承認した。
また、1918年にしかれた戦時共産主義政策による経済破綻を克服するため、
新経済政策(NEP)を実施した。NEPでは規制の緩和により一定の限度で
資本主義的な経済活動が容認され、銀行・貿易・大工場を除く中小企業の私的
営業や、余剰穀物販売の自由が認められた。この結果、戦争前の経済水準に経
済は回復、安定したが、一方で富裕層を形成し、新たな格差がもたらされた。
この時に豊かになった農民をクラーク、豊かになった小所有者はネップマンと
よばれた。
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2カッコ抜き
東欧
第一次世界大戦後の東ヨーロッパでは、ロシア帝国・ドイツ帝国・オースト
リア=ハンガリー帝国が解体されて多くの新興国が生まれた。それらは独立国
にはなったものの、産業の発達が遅れた農業国がほとんどで、列強の意思に
よって民族分布を無視した国境設定がなされたため、国内に多くの問題を残し
た。また、民主政治の伝統がなかったため、その多くが独裁政に移行した。
ポーランドは、大戦終了直後にソ連と戦争を行い、領域を拡大した。しか
し、政情は不安定で、やがてクーデターが起きて独裁に移行した。オーストリ
ア=ハンガリー帝国の分割で大幅に領土を縮小されて再出発したハンガリーで
は、1919年に社会主義革命が起こるが政権は崩壊し、1920年に王政が成立し
た。( 1 )では従来から工業化が進んでおり、政情も安定して、マサリク
やベネシュの下で民主政が行われた。
イタリア
イタリアは、第一次世界大戦で協商側にたって参戦して戦勝国となり、チロ
ルとトリエステの返還を実現したが、( 2 )は併合できず、新たな領土を
得ることができなかった。また、財政は破綻状態となったほか、ソ連の革命の
影響を受けて共産党などの左翼勢力の伸張も見られ、生活の困窮や政治への不
満から工場や土地の占拠が相次いだ。
こうしたなか、ミラノで( 3 )がファッショ団を結成し、左翼に対する
暴力的な攻撃を行うようになった。1921年、ファッショ団は国家ファシスト党
へと改組され、社会主義の拡大をおそれて革命を嫌う層から支持を得て勢力を
拡大した。1922年、ムッソリーニは( 4 )を行い、戦闘員を大動員してそ
の勢力を示した。政府はこれに反発して国王に戒厳令の発令を求めたが、国王
はこれを拒否してムッソリーニを首相に任命したため、ファシスト党内閣が成
立した。
1922年に成立したファシスト党内閣は、1923年に新選挙法を制定し、翌年の
選挙では議会の多数を占めた。その後、1928年にかけて政権を担い、この間
( 2 )の併合や( 5 )の保護国化などを行って国威を発揚し、国民の
支持を獲得した。さらに、ファシスト党以外の政党の解体と、言論・出版の統
制を行い、1928年、( 6 )を国家の最高機関として独裁体制を確立した。
ファシスト党の独裁下でイタリア国民の自由権は制限を受けたが、一方で1929
年、ラテラン条約で( 7 )の成立を認め、教皇庁と和解するといった成果
もあげた。
ソ連
1922年12月、ロシア・ウクライナ・白ロシア・ザカフカスが共同して成立し
たソヴィエト社会主義共和国連邦では、1922年に( 8 )が党書記長に就任
した。1924年のレーニン死去以降、一国社会主義を主張した( 8 )と、世
界革命を主張するトロツキーとの対立が表面化した。共産党内では、争いの結
果( 8 )が権力を掌握し、反対派は次々と粛清されて、1929年には独裁的
な指導体制を築いた。
干渉戦争後のソ連は、コミンテルンによる世界革命から諸国との関係改善を
目指した。1922年にドイツと結んだ( 9 )条約で欧米諸国からはじめて承
認を得て、1924年にはイギリス・フランス・イタリアと次々に承認された。最
後に残ったアメリカも1933年にソ連を承認した。
また、1918年にしかれた戦時共産主義政策による経済破綻を克服するため、
新経済政策(NEP)を実施した。NEPでは規制の緩和により一定の限度で
資本主義的な経済活動が容認され、銀行・貿易・大工場を除く中小企業の私的
営業や、余剰穀物販売の自由が認められた。この結果、戦争前の経済水準に経
済は回復、安定したが、一方で富裕層を形成し、新たな格差がもたらされた。
この時に豊かになった農民をクラーク、豊かになった小所有者はネップマンと
よばれた。
解答
1:チェコスロヴァキア 2:フィウメ 3:ムッソリーニ
4:ローマ 5:アルバニア 6:ファシズム大評議会
7:ヴァチカン市国 8:スターリン 9:ラパロ
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3一問一答
1:ファシスト党政権がローマ教皇と和解し、ヴァチカン市国の成立を認めた
条約は何か。
2:ソ連で世界革命を主張し、スターリンと対立した指導者は誰か。
3:戦時共産主義後のソ連で実施された新経済政策を何というか。
解答
1:ラテラン条約
2:トロツキー
3:NEP(ネップ)
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