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 世界史猛特訓  第 119 号        バックナンバー配送バージョン
 
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 もくじ
 1------本文
 2------カッコ抜き問題
 3------一問一答
 4------ご案内
 5------連絡先など
 
 
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 1本文
 
 ヴェルサイユ体制
 
  第一次世界大戦が終結すると、戦後処理のためパリ講和会議が開かれた。講
 和会議にはソヴィエトを除く関係国32カ国が参加し、ウィルソンの平和十四カ
 条により民族自決などが柱とされたが、フランスのクレマンソーやイギリスの
 ロイド=ジョージは自国の利益と対ドイツ報復を主張したため、この原則は一
 部しか実現せしなかった。その結果、ドイツに対して過酷な賠償を請求するな
 ど、戦勝国の利害を優先した議論が行われた。
 
  パリ講和会議では、連合国と敗戦国とは相互に個別の講和条約を結んだ。ド
 イツとの間で結ばれたヴェルサイユ条約では、アルザス・ロレーヌのフランス
 への返還や、ザール・シュレスヴィヒ地方などの15年間の国際管理(期間満了
 後は住民投票により帰属を決定)、ポーランド回廊のポーランドへの割譲、ダ
 ンツィヒを国際連盟管理として港湾使用権をポーランドに付与することなど、
 領土の変更が盛り込まれた。また、ドイツの持つ全ての植民地と海外利権は放
 棄され、それらは委任統治領とされた。軍備制限も行われ、徴兵制の禁止や兵
 力の制限、ラインラントの非武装化が盛り込まれた。そして何より多額の賠償
 金が科された。その額は1320億金マルクにのぼり、ドイツに重い負担となって
 打撃を与えた。
 
  オーストリアに対してはサン=ジェルマン条約が結ばれた。ここでは、オー
 ストリア=ハンガリー帝国の解体が決められ、オーストリア・ハンガリー・チ
 ェコスロヴァキアに分離された。大戦前にオーストリアが占領したボスニア・
 ヘルツェゴヴィナはユーゴスラヴィアに対して割譲されて独立し、チロル・ト
 リエステはイタリアに割譲された。この他、軍備の制限が盛り込まれた。
 
  ハンガリーとの間ではトリアノン条約が結ばれ、領土の割譲が決められた。
 ブルガリアとの間ではヌイイ条約が結ばれ、西トラキアのギリシアへの割譲や
 軍備の制限が盛り込まれた。
 
  トルコとの間ではセーヴル条約が結ばれ、トラキア地方とスミルナのギリシ
 アへの割譲、ロードス島のイタリアへの割譲、アラビアの独立、シリアをフラ
 ンスの委任統治とすること、イラク・トランスヨルダン・パレスティナをイギ
 リスの委任統治とすること、などが盛られた。
 
  こうした条約による決定に対し、これに不満を持つ国による小規模な紛争が
 相次いだ。1920年、ポーランド=ソ連戦争ではポーランドが勝利し、白ロシア
 とウクライナの一部を獲得した。同年のイタリア=ユーゴスラヴィア戦争で
 は、イタリアがフィウメを獲得。1922年のギリシア=トルコ戦争では、セーヴ
 ル条約に不満を持つトルコがギリシアに勝ち、ローザンヌ条約を結んでスミル
 ナを回復した。また、ドイツの賠償不能状態に対してフランスとベルギーは
 ルール地域に進駐し、ルール占領を行った。
 
  一連の条約により、ドイツに対する報復と、残存していた帝国の解体がなさ
 れた。民族自決によって、フィンランド、エストニア・ラトヴィア・リトアニ
 ア(バルト3国)、ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリー、ユーゴス
 ラヴィアと、多くの新興国が成立した。しかし、これらの国は戦勝国の理論に
 よって国境が設定されたため、民族問題を抱えることとなり、民主政治の経験
 が浅いためにその多くが独裁制に移行した。
 
  ヨーロッパでは平和十四カ条のひとつである民族自決が適用されて新興国が
 生まれたが、戦争中に本国に協力したアジアやアフリカの植民地などには適用
 されなかった。そのため、朝鮮では三・一運動が、講和会議への代表者派遣を
 拒否されたエジプトでは反英運動が、インドではガンディーの指導による非暴
 力不服従運動が、中国では五・四運動が、それぞれ起こるなど、世界各地で反
 対運動が相次いだ。
 
  1920年にヴェルサイユ条約の発効によって、ジュネーヴに本部を置く国際連
 盟が発足した。国際連盟は、恒久平和のための常設機関で、集団的安全保障を
 目的として、総会・理事会・連盟事務局を中心に運営され、国際労働機関(ILO)
 、国際司法裁判所などの機関が設置された。しかし、モンロー主義への回帰の
 動きの中でアメリカは国際連盟に加盟せず、当初はドイツやソ連も排除される
 など、主要国の不参加が目立った。また、経済制裁以外に実効的な制裁手段を
 持たず、全会一致原則が障壁となるなど、問題点も目立った。
 
  パリ講和会議によって再編された世界秩序はヴェルサイユ体制とよばれ、世
 界恐慌後に崩壊するまで続いた。
 
 
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 2カッコ抜き
 
 ヴェルサイユ体制
 
  第一次世界大戦が終結すると、戦後処理のため( 1 )が開かれた。講和
 会議にはソヴィエトを除く関係国32カ国が参加し、ウィルソンの平和十四カ条
 により民族自決などが柱とされたが、フランスのクレマンソーやイギリスのロ
 イド=ジョージは自国の利益と対ドイツ報復を主張したため、この原則は一部
 しか実現せしなかった。その結果、ドイツに対して過酷な賠償を請求するな
 ど、戦勝国の利害を優先した議論が行われた。
 
  パリ講和会議では、連合国と敗戦国とは相互に個別の講和条約を結んだ。ド
 イツとの間で結ばれた( 2 )条約では、( 3 )のフランスへの返還
 や、ザール・シュレスヴィヒ地方などの15年間の国際管理(期間満了後は住民
 投票により帰属を決定)、ポーランド回廊のポーランドへの割譲、ダンツィヒ
 を国際連盟管理として港湾使用権をポーランドに付与することなど、領土の変
 更が盛り込まれた。また、ドイツの持つ全ての植民地と海外利権は放棄され、
 それらは委任統治領とされた。軍備制限も行われ、徴兵制の禁止や兵力の制
 限、ラインラントの非武装化が盛り込まれた。そして何より多額の賠償金が科
 された。その額は1320億金マルクにのぼり、ドイツに重い負担となって打撃を
 与えた。
 
  オーストリアに対しては( 4 )条約が結ばれた。ここでは、オーストリ
 ア=ハンガリー帝国の解体が決められ、オーストリア・ハンガリー・
 ( 5 )・ユーゴスラヴィアに分離された。チロル・トリエステはイタリア
 に割譲された。この他、軍備の制限が盛り込まれた。
 
  ハンガリーとの間ではトリアノン条約が結ばれ、領土の割譲が決められた。
 ブルガリアとの間ではヌイイ条約が結ばれ、西トラキアのギリシアへの割譲や
 軍備の制限が盛り込まれた。
 
  トルコとの間では( 6 )条約が結ばれ、トラキア地方とスミルナのギリ
 シアへの割譲、ロードス島のイタリアへの割譲、アラビアの独立、シリアをフ
 ランスの委任統治とすること、イラク・トランスヨルダン・パレスティナをイ
 ギリスの委任統治とすること、などが盛られた。
 
  こうした条約による決定に対し、これに不満を持つ国による小規模な紛争が
 相次いだ。1920年、ポーランド=ソ連戦争ではポーランドが勝利し、白ロシア
 とウクライナの一部を獲得した。同年のイタリア=ユーゴスラヴィア戦争で
 は、イタリアがフィウメを獲得。1922年のギリシア=トルコ戦争では、セーヴ
 ル条約に不満を持つトルコがギリシアに勝ち、( 7 )条約を結んでスミル
 ナを回復した。また、ドイツの賠償不能状態に対してフランスとベルギーは
 ( 8 )地域に進駐し、( 8 )占領を行った。
 
  一連の条約により、ドイツに対する報復と、残存していた帝国の解体がなさ
 れた。民族自決によって、フィンランド、エストニア・ラトヴィア・リトアニ
 ア(バルト3国)、ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリー、ユーゴス
 ラヴィアと、多くの新興国が成立した。しかし、これらの国は戦勝国の理論に
 よって国境が設定されたため、民族問題を抱えることとなり、民主政治の経験
 が浅いためにその多くが独裁制に移行した。
 
  ヨーロッパでは平和十四カ条のひとつである民族自決が適用されて新興国が
 生まれたが、戦争中に本国に協力したアジアやアフリカの植民地などには適用
 されなかった。そのため、朝鮮では三・一運動が、講和会議への代表者派遣を
 拒否されたエジプトでは反英運動が、インドではガンディーの指導による非暴
 力不服従運動が、中国では五・四運動が、それぞれ起こるなど、世界各地で反
 対運動が相次いだ。
 
  1920年にヴェルサイユ条約の発効によって、ジュネーヴに本部を置く
 ( 9 )が発足した。国際連盟は、恒久平和のための常設機関で、集団的安
 全保障を目的として、総会・理事会・連盟事務局を中心に運営され、国際労働
 機関(ILO)、国際司法裁判所などの機関が設置された。しかし、モンロー主義
 への回帰の動きの中でアメリカは国際連盟に加盟せず、当初はドイツやソ連も
 排除されるなど、主要国の不参加が目立った。また、経済制裁以外に実効的な
 制裁手段を持たず、全会一致原則が障壁となるなど、問題点も目立った。
 
  パリ講和会議によって再編された世界秩序はヴェルサイユ体制とよばれ、世
 界恐慌後に崩壊するまで続いた。
 
 
 解答
 1:パリ講和会議   2:ヴェルサイユ   3:アルザス・ロレーヌ
 4:サン=ジェルマン   5:チェコスロヴァキア   6:セーヴル
 7:ローザンヌ   8:ルール   9:国際連盟
 
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 3一問一答
 
 1:平和十四カ条を提唱したアメリカ大統領は誰か。
 2:パリ講和会議に出席したイギリス首相は誰か。
 3:パリ講和会議に出席したフランスの首相は誰か。
 4:バルト3国とは、どの国のことをいうか。
 5:国際連盟の本部が置かれた都市はどこか。
 6:主要国の中で、発足当時国際連盟に参加せず、または排除されたために参
   加できなかった国はどこか。
 
 
 解答
 1:ウィルソン
 2:ロイド=ジョージ
 3:クレマンソー
 4:エストニア・ラトヴィア・リトアニア
 5:ジュネーヴ
 6:アメリカ・ドイツ・ソ連
 
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