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世界史猛特訓 第 110 号 バックナンバー配送バージョン
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もくじ
1------本文
2------カッコ抜き問題
3------一問一答
4------ご案内
5------連絡先など
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1本文
帝国主義
19世紀半ば以後、化学合成などの技術が発展し、従来の石炭や蒸気力に加え
て電気などの新エネルギーの利用も始まるなど、技術革新が進んだ。こうした
技術革新は第2次産業革命といわれる。
こうした技術革新の結果、より巨大な生産設備による大量の生産が可能と
なったが、そのために必要な資本も巨大化し、独占資本が形成されていった。
独占資本には、その形態によってカルテル、トラスト、コンツェルンといった
形態があり、最終的に金融の重要性が高まって金融資本による産業支配が進ん
だ。この結果、少数の企業や銀行家によって経済が支配される独占資本主義が
形成され、経済は独占段階に達した。
独占資本の発展にともなって中小業者が没落するなどの問題が発生し、国内
の社会的緊張が高まった。また、独占資本の巨大な生産力は国内需要を大幅に
上回ったため、その市場と原料の供給源の確保が重要となった。独占資本の経
営不振は国家の危機にも直結しかねないため、列国政府は対外膨張策をとって
植民地や勢力圏の拡大に務め、こうした地域を次々と市場化した。列国の植民
地になった地域は、原料や食料など一次産品の供給地になると同時に工業製品
の市場となり、資本輸出の対象にもなった。こうした各国の排外的な対外膨張
は帝国主義と呼ばれ、19世紀後半からは帝国主義諸国間での世界分割が進ん
だ。20世紀に入るころには世界分割はほぼ完了し、その後の列国間の対立が軍
拡競争を招いて、やがて第一次世界大戦を引き起こした。
帝国主義諸国の内部では、大量に発生した労働者が生活改善を要求し、労働
組合や労働者政党を結成したり、社会主義運動が活発化したりした。また、社
会主義運動の国際組織として第2インターナショナルが組織された。こうした
運動に対して、政府や資本家は弾圧でこれを排除するとともに、選挙権の拡張
や社会政策の実施などで懐柔し、膨張政策を推進した。
イギリス
世界で最初に産業革命を成し遂げたイギリスは、その後しばらく世界の工場
として世界に君臨した。しかし、ドイツやアメリカなどが産業革命を遂げてイ
ギリスを追い上げ、イギリスは技術革新の遅れなどから競争力が低下していっ
た。こうした状況下で、従来自由放任政策をとっていたイギリスは、他国の海
外発展に対抗して大英帝国の結束強化と植民地拡大を目指し、対外投資に重点
をおくなど、帝国主義的な政策へと方針を転換した。
保守党ディズレーリ内閣は、1875年にスエズ運河会社の株式を買収して運河
をイギリス支配下とし、1877年に英領インド帝国を成立させ、1878年には露土
戦争に介入してベルリン会議でロシアの南下を阻止するなど、次々と対外政策
を行った。また、自治植民地との経済的関係を競技するために1887年に植民地
会議を開催し、1907年にはこれを大英帝国会議と改称して、本国と植民地との
ブロック経済化を推進した。
保守党の第3次ソールズベリ内閣では、植民相ジョゼフ=チェンバレンの下
で本国と植民地との関係の緊密化を図った。イギリスは3C政策を掲げて、カ
イロ・ケープタウン・カルカッタを結ぶ地域の支配を目指してアフリカ縦断策
を推進していたが、当時アフリカ横断を目指したフランスとナイル河畔のファ
ショダで衝突してファショダ事件が起こった。また、南アフリカの資源の支配
を狙って南アフリカ戦争を起こしてトランスヴァールを獲得した。その他、極
東でのロシアの南下に対抗するために日英同盟を締結した。
イギリス国内では、1871年に制定された労働組合法で労働組合が合法化さ
れ、1884年の第3回選挙法改正ではほとんどの労働者に選挙権が与えられるな
ど、労働者の政治参加が進んだ。こうした中で労働者政党を結成する動きがあ
らわれ、社会民主連盟やフェビアン協会、独立労働党などがあらわれた。1900
年になるとこれらが合同して労働代表委員会が結成され、1906年に労働党が結
成された。労働党は議会を通じて漸進的に社会改革を進める穏健な路線をとっ
た。
また、婦人参政権を求める運動が展開されたり、国民保健法の制定などで社
会政策が充実された。1911年に成立した議会法では下院優位の原則を確立し、
民主主義と議会政治が発展した。
アイルランド
アイルランドは1641年のチャールズ1世の討伐後、1649年にクロムウェルの
征服を受け、カトリック教徒の土地所有が禁じられた。その後、イングランド
人不在地主による土地支配や、国教会の強制などの差別的な政策がとられた。
1801年にイギリスに併合されて連合王国が成立し、1828年の審査法廃止や1829
年のカトリック教徒解放法の成立で宗教による差別が廃止されるが、アイルラ
ンドは相変わらず貧しかった。19世紀のイングランド人地主による囲い込みは
アイルランドをいっそう貧困化し、住民の海外移住を促進した。1840年代には
アイルランド人が常食としていたジャガイモが凶作となるジャガイモ飢饉が襲
い、多数の餓死者を出すとともにアメリカなどへの移民が増大した。その後も
土地や小作の問題での衝突は絶えなかったが、1903年の自作農創設法で土地問
題はようやく解決するに至った。
一方、アイルランドの独立を求める運動も展開された。1905年、アイルラン
ドの完全独立を求めるシン=フェイン党が結成され、これに対して、北アイル
ランドに在住するイングランド人はアルスター地域を分離するよう要求した。
1914年にアイルランド自治法が成立するが、北アイルランドがこれに反対して
シン=フェイン党と激しく対立し、結局、第一次世界大戦の勃発を理由に自治
法実施は延期された。自治法の延期に反対したシン=フェイン党はダブリンで
武装蜂起し、1919年にはアイルランド共和国の樹立を宣言するがイギリス軍に
より鎮圧された。1922年、イギリス政府の承認でアイルランド自由国が成立し
てイギリス連邦の一自治領となるが、北アイルランド(アルスター)は分離さ
れた。1937年にアイルランド自由国はエール共和国として独立を宣言し、1948
年に英連邦から離脱、1949年にアイルランド共和国となって完全独立を達成し
た。
アイルランド共和国成立後も、北アイルランド(アルスター)では紛争が続
いた。アイランド共和軍(IRA)によるテロ活動や暴動が相次ぎ、これに対
してプロテスタント系住民の対抗組織もテロ活動などで応戦した。1994年、シ
ン=フェイン党は武装闘争放棄を宣言し、1998年には和平合意に至った。その
後の曲折を経て1999年末に自治政府が発足した。
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2カッコ抜き
帝国主義
19世紀半ば以後、化学合成などの重化学工業が発展し、従来の石炭や蒸気力
に加えて電気や石油といった新エネルギーの利用も始まるなど、技術革新が進
んだ。こうした技術革新は第2次産業革命といわれる。
こうした技術革新の結果、より巨大な生産設備による大量の生産が可能と
なったが、そのために必要な資本も巨大化し、独占資本が形成されていった。
独占資本には、その形態によってカルテル、( 2 )、( 3 )といった
形態があり、最終的に金融の重要性が高まって金融資本による産業支配が進ん
だ。この結果、少数の企業や銀行家によって経済が支配される独占資本主義が
形成され、経済は独占段階に達した。
独占資本の発展にともなって中小業者が没落するなどの問題が発生し、国内
の社会的緊張が高まった。また、独占資本の巨大な生産力は国内需要を大幅に
上回ったため、その市場と原料の供給源の確保が重要となった。独占資本の経
営不振は国家の危機にも直結しかねないため、列国政府は対外膨張策をとって
植民地や勢力圏の拡大に務め、こうした地域を次々と市場化した。列国の植民
地になった地域は、原料や食料など一次産品の供給地になると同時に工業製品
の市場となり、資本輸出の対象にもなった。こうした各国の排外的な対外膨張
は( 4 )主義と呼ばれ、19世紀後半からは帝国主義諸国間での世界分割が
進んだ。20世紀に入るころには世界分割はほぼ完了し、その後の列国間の対立
が軍拡競争を招いて、やがて第一次世界大戦を引き起こした。
帝国主義諸国の内部では、大量に発生した労働者が生活改善を要求し、労働
組合や労働者政党を結成したり、社会主義運動が活発化したりした。また、社
会主義運動の国際組織として( 5 )が組織された。こうした運動に対し
て、政府や資本家は弾圧でこれを排除するとともに、選挙権の拡張や社会政策
の実施などで懐柔し、膨張政策を推進した。
イギリス
世界で最初に産業革命を成し遂げたイギリスは、その後しばらく( 6 )
として世界に君臨した。しかし、ドイツやアメリカなどが産業革命を遂げてイ
ギリスを追い上げ、イギリスは技術革新の遅れなどから競争力が低下していっ
た。こうした状況下で、従来自由放任政策をとっていたイギリスは、他国の海
外発展に対抗して大英帝国の結束強化と植民地拡大を目指し、対外投資に重点
をおくなど、帝国主義的な政策へと方針を転換した。
保守党ディズレーリ内閣は、1875年に( 7 )の株式を買収して運河をイ
ギリス支配下とし、1877年に英領インド帝国を成立させ、1878年には露土戦争
に介入して( 8 )会議でロシアの南下を阻止するなど、次々と対外政策を
行った。また、自治植民地との経済的関係を競技するために1887年に植民地会
議を開催し、1907年にはこれを大英帝国会議と改称して、本国と植民地とのブ
ロック経済化を推進した。
保守党の第3次ソールズベリ内閣では、植民相( 9 )の下で本国と植民
地との関係の緊密化を図った。イギリスは3C政策を掲げて、カイロ・ケープ
タウン・カルカッタを結ぶ地域の支配を目指してアフリカ縦断策を推進してい
たが、当時アフリカ横断を目指したフランスとナイル河畔の( 10 )で衝突
して( 10 )事件が起こった。また、南アフリカの資源の支配を狙って
( 11 )戦争を起こしてトランスヴァールを獲得した。その他、極東でのロ
シアの南下に対抗するために日英同盟を締結した。
イギリス国内では、1871年に制定された労働組合法で労働組合が合法化さ
れ、1884年の第3回選挙法改正ではほとんどの労働者に選挙権が与えられるな
ど、労働者の政治参加が進んだ。こうした中で労働者政党を結成する動きがあ
らわれ、社会民主連盟や( 12 )協会、独立労働党などがあらわれた。1900
年になるとこれらが合同して労働代表委員会が結成され、1906年に( 13 )
党が結成された。労働党は議会を通じて漸進的に社会改革を進める穏健な路線
をとった。
また、婦人参政権を求める運動が展開されたり、国民保健法の制定などで社
会政策が充実された。1911年に成立した( 14 )法では下院優位の原則を確
立し、民主主義と議会政治が発展した。
アイルランド
アイルランドは1641年のチャールズ1世の討伐後、1649年にクロムウェルの
征服を受け、カトリック教徒の土地所有が禁じられた。その後、イングランド
人不在地主による土地支配や、国教会の強制などの差別的な政策がとられた。
1801年にイギリスに併合されて連合王国が成立し、1828年の審査法廃止や1829
年のカトリック教徒解放法の成立で宗教による差別が廃止されるが、、アイル
ランドは相変わらず貧しかった。19世紀のイングランド人地主による囲い込み
はアイルランドをいっそう貧困化し、住民の海外移住を促進した。1840年代に
はアイルランド人が常食としていたジャガイモが凶作となるジャガイモ飢饉が
襲い、多数の餓死者を出すとともにアメリカなどへの移民が増大した。その後
も土地や小作の問題での衝突は絶えなかったが、1903年の自作農創設法で土地
問題はようやく解決するに至った。
一方、アイルランドの独立を求める運動も展開された。1905年、アイルラン
ドの完全独立を求める( 15 )党が結成され、これに対して、北アイルラン
ドに在住するイングランド人はアルスター地域を分離するよう要求した。1914
年にアイルランド自治法が成立するが、北アイルランドがこれに反対してシン
=フェイン党と激しく対立し、結局、第一次世界大戦の勃発を理由に自治法実
施は延期された。自治法の延期に反対したシン=フェイン党はダブリンで武装
蜂起し、1919年にはアイルランド共和国の樹立を宣言するがイギリス軍により
鎮圧された。1922年、イギリス政府の承認でアイルランド自由国が成立してイ
ギリス連邦の一自治領となるが、北アイルランド(アルスター)は分離され
た。1937年にアイルランド自由国はエール共和国として独立を宣言し、1948年
に英連邦から離脱、1949年にアイルランド共和国となって完全独立を達成し
た。
アイルランド共和国成立後も、北アイルランド(アルスター)では紛争が続
いた。( 16 )によるテロ活動や暴動が相次ぎ、これに対してプロテスタン
ト系住民の対抗組織もテロ活動などで応戦した。1994年、シン=フェイン党は
武装闘争放棄を宣言し、1998年には和平合意に至った。その後の曲折を経て
1999年末に自治政府が発足した。
解答
1:第2次産業革命 2:トラスト 3:コンツェルン
4:帝国 5:第2インターナショナル 6:世界の工場
7:スエズ運河会社 8:ベルリン 9:ジョゼフ=チェンバレン
10:ファショダ 11:南アフリカ 12:フェビアン 13:労働
14:議会 15:シン=フェイン 16:アイランド共和軍(IRA)
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3一問一答
1:「3C政策」の3つの「C」は何を指すか
2:イギリスで、農村労働者や鉱山労働者に参政権が与えられたのは第何回の
選挙法改正か。
3:カトリック教徒解放法の制定を求めるなど、カトリック教徒の解放につと
めたアイルランドの政治家は誰か。
4:アイルランドの独立に際してアイルランドから分離され、連合王国にとど
まった地域を何というか。
解答
1:カイロ・ケープタウン・カルカッタ
2:第3回
3:オコンネル
4:アルスター(北アイルランド)
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