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 世界史猛特訓  第 136 号        バックナンバー配送バージョン
 
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 もくじ
 1------本文
 2------カッコ抜き問題
 3------一問一答
 4------ご案内
 5------連絡先など
 
 
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 1本文
 
 アジア諸国の独立
 
  戦後、日本に占領された東南アジアの国々は次々と独立を宣言した。オラン
 ダの植民地だったインドネシアでは、第二次世界大戦終了直後にスカルノを指
 導者とする独立宣言を発したが、オランダが認めなかったために紛争状態とな
 った。1949年、インドネシアは独立戦争に勝利して独立をかちとった。
 
  アメリカの植民地だったフィリピンは戦前に独立を約束されていたが、戦争
 で日本に占領されたために終戦後の1946年に独立を達成した。
 
  一方、ヴェトナムではフランスが再植民地化を目論んで軍隊を投入し、イン
 ドシナ戦争が起こって泥沼化した。1954年に停戦に至るが、その後もこの地域
 の情勢は安定しなかった。
 
  ラオス・カンボジアは、それぞれ1949年に王国として独立した。
 
  イギリス支配下にあったマレー半島では、1957年にマラヤ連邦が成立して英
 連邦内の自治領となり、さらに1963年にマレーシア連邦と改称した。しかし、
 1965年、シンガポールが分離独立した。
 
  南アジア地域でも、独立運動が激化していた。第二次世界大戦終結後の1946
 年、イギリスのアトリー内閣はインドの独立を約束したが、インド国内では会
 議派のガンディーがインド全体での統一的な独立を主張したのに対し、全イン
 ド=ムスリム連盟のジンナーがインド連邦とパキスタンの分離独立を主張した
 。1947年、イギリスはインド独立法でインド連邦とパキスタンを英連邦内の自
 治領として分離して独立させることを決定し、藩王国については帰属の選択権
 を認めた。しかし、ここで帰属の選択を認めたことがカシミール問題へと発展
 し、1947年には既に第一次印パ戦争が発生した。インド・パキスタン両国の対
 立は3次にわたる印パ戦争を経て、現在も続いている。1948年、インドとパキ
 スタンの融和を説きつづけたガンディーはヒンドゥー教徒に暗殺された。1950
 年、インドはカーストによる差別禁止などを盛り込んだ新憲法を発布し、イン
 ド共和国となった。
 
 
 アジア・アフリカ会議
 
  戦後独立したアジア諸国は、東西両陣営に属さない非同盟中立の立場による
 外交を展開した。このなかで中心的な役割を果たしたのがインド首相ネルーや
 インドネシア大統領スカルノであった。
 
  1954年4月、インド首相ネルーを中心として、中立主義国の国際会議として
 コロンボ会議が開催され、5カ国が参加した。そこでは、インドシナ戦争の早
 期解決や核兵器の使用禁止、中華人民共和国の国連加盟、アジア・アフリカ会
 議の開催などが宣言された。同年6月、周恩来とネルーが会談をもち、国際平
 和を実現するための平和5原則を発表した。
 
  1955年4月、ネルー、スカルノ、周恩来らが中心となり、インドネシアのバ
 ンドンで第一回アジア・アフリカ会議が開催された。この、アジア・アフリカ
 諸国による初の国際会議には、日本を含むアジア・アフリカ諸国29カ国が集ま
 った。ここでは平和十原則が採択された。
 
 
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 2カッコ抜き
 
 アジア諸国の独立
 
  戦後、日本に占領された東南アジアの国々は次々と独立を宣言した。オラン
 ダの植民地だったインドネシアでは、第二次世界大戦終了直後に( 1 )を
 指導者とする独立宣言を発したが、オランダが認めなかったために紛争状態と
 なった。1949年、インドネシアは独立戦争に勝利して独立をかちとった。
 
  アメリカの植民地だったフィリピンは戦前に独立を約束されていたが、戦争
 で日本に占領されたために終戦後の1946年に独立を達成した。
 
  一方、ヴェトナムではフランスが再植民地化を目論んで軍隊を投入し、
 ( 2 )戦争が起こって泥沼化した。1954年に停戦に至るが、その後もこの
 地域の情勢は安定しなかった。
 
  ラオス・カンボジアは、それぞれ1949年に王国として独立した。
 
  イギリス支配下にあったマレー半島では、1957年にマラヤ連邦が成立して英
 連邦内の自治領となり、さらに1963年にマレーシア連邦と改称した。しかし、
 1965年、( 3 )が分離独立した。
 
  南アジア地域でも、独立運動が激化していた。第二次世界大戦終結後の1946
 年、イギリスのアトリー内閣はインドの独立を約束したが、インド国内では会
 議派のガンディーがインド全体での統一的な独立を主張したのに対し、全イン
 ド=ムスリム連盟の( 4 )がインド連邦とパキスタンの分離独立を主張し
 た。1947年、イギリスはインド独立法でインド連邦とパキスタンを英連邦内の
 自治領として分離して独立させることを決定し、藩王国については帰属の選択
 権を認めた。しかし、ここで帰属の選択を認めたことがカシミール問題へと発
 展し、1947年には既に第一次印パ戦争が発生した。インド・パキスタン両国の
 対立は3次にわたる印パ戦争を経て、現在も続いている。1948年、インドとパ
 キスタンの融和を説きつづけたガンディーはヒンドゥー教徒に暗殺された。1950
 年、インドはカーストによる差別禁止などを盛り込んだ新憲法を発布し、イン
 ド共和国となった。
 
 
 アジア・アフリカ会議
 
  戦後独立したアジア諸国は、東西両陣営に属さない非同盟中立の立場による
 外交を展開した。このなかで中心的な役割を果たしたのがインド首相ネルーや
 インドネシア大統領スカルノであった。
 
  1954年4月、インド首相ネルーを中心として、中立主義国の国際会議として
 コロンボ会議が開催され、5カ国が参加した。そこでは、インドシナ戦争の早
 期解決や核兵器の使用禁止、中華人民共和国の国連加盟、アジア・アフリカ会
 議の開催などが宣言された。同年6月、周恩来とネルーが会談をもち、国際平
 和を実現するための( 5 )を発表した。
 
  1955年4月、ネルー、( 1 )、周恩来らが中心となり、インドネシアの
 ( 6 )で第一回アジア・アフリカ会議が開催された。この、アジア・アフ
 リカ諸国による初の国際会議には、日本を含むアジア・アフリカ諸国29カ国が
 集まった。ここでは( 7 )が採択された。
 
 
 
 解答
 1:スカルノ   2:インドシナ   3:シンガポール
 4:ジンナー   5:平和5原則   6:バンドン   7:平和十原則
 
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 3一問一答
 
 1:1965年、シンガポールはど国から独立したか。
 2:インド統一的独立を主張し、1948年に暗殺された人物は誰か。
 3:ネルーと会談し、平和5原則を発表した中国の首相は誰か。
 
 解答
 1:マレーシア連邦
 2:ガンディー
 3:周恩来
 
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